Freeze My Love…?

「……はぁ…寒いな」

「…………」

「でも、風がないだけ外よりはマシなんだろうなぁ…」

「…………」

「それにしても…何時まで続くんだろうな、この吹雪は…」

「…………」

「…何とか言えよ……」

「何とか」

周囲で荒れ狂うブリザードよりも冷たい声で一言。
フリックは思わず組んだ足についていた腕をずり、と落としバランスを崩す。

「……俺が悪かったって…謝ってるだろ?…機嫌治してくれよ……」
あまりの寒さに、溜息交じりで先ほどからしている謝罪を繰り返し木の椅子に座っていた身体を反転させた。
窓際で壁にもたれ、ずっと外を見ているルックは機嫌の悪さを隠そうともしない仏頂面で

「この状況で?」

と常よりもさらに眉間に皺を寄せ、一刀両断。
何とか打開しようと話し掛けていたフリックも流石に項垂れる。

「あそこであんなモンスターが出さえしなければなぁ…」
取り付く島もない彼の様子に、言っても仕方ない事をぼやいた。
はぁー…と長い溜息を吐いて視線を外し、椅子に深く腰掛ける。
後悔したって始まらないのはわかっているが…思い返さずには居られない。


事の始まりはほんの数時間前、言いつけられた1つの仕事を終え次の街へ向かおうとした時のこと。

「……行くの、止めた方が良いかも知れない」

急にルックがぽつりと呟いたのである。

「何でだ?隣町まではほんの数時間だし、こっちで手間取ったから早く向かいたいんだが…」
訝しげに、立ち止まるルックを見て当然の質問を投げかける。
「嫌な予感がするんだ…風の匂いがおかしい…」
「……漠然としてるな…まぁ、大丈夫だろ?この辺りはそう強力なモンスターも居ないし…もし危険そうなら戻ればいい」
そう行って歩き出すフリックをルックはそれ以上、止めようとしなかった。自分の予感に明確な理由がなかったから。
その結果―――

「戻れば良い、なんて良く言えたよね……」

想い描いているフリックに遠くから吐き出すように呟く声。
小さいが確実に聞こえるように言っている言葉に、胸がズキズキと痛んだ。

モンスターは出ない……はずだったのに。

生来の運の悪さが祟ってか、希少なエンカウントに行き当たってしまうのがフリックで。
その折りにまたも運悪く正規の道を見失ってしまい、そして続く不運は吹雪なんぞ呼んでしまう始末で。
このままだと本気で遭難しかねないと思った所に、天の助けか有り難い山小屋を発見し…今に至り。

「あんな厄介なのが出るとは思わなかったんだよ…なぁ…魔法はやっぱり使えそうにないのか?」
「……誰かさんのせいでね」
「うぅ……」

一縷の望みも切り捨てる、冷たい返答にフリックは頭を抱え込んだ。
そう…こんな状況は、ルックの転移魔法を使えば一発で打開出来るはずなのである。
しかし、留まっているのにはそれなりの理由があるわけで……現在、ルックは魔法が使えない状態になっていた。
先の戦闘の際に攻撃を避けるタイミングが悪く重り、体制を崩して敵の特殊攻撃をもろに食らってしまったのである。
しかも、結果的にフリックを庇うような形でルックのみが受けてしまい……

「お前のテレポートがあれば戻れると思ってたからなぁ…」
「……僕の所為だとでも言いたいワケ?」
そこで視線が此方に向けられ、ルックの瞳に剣呑な光が灯る。
フリックは慌ててかぶりを振り
「い、いや……お前を当てにしてた方が悪いんだよな、うん…しかも俺の所為だし、な……」
言いながらあまりの情けなさに語尾が小さくなってしまった。

そこで会話が切れ、またも聞こえる音は辺りの暴風の激しい音だけ。
割と作りが丈夫だったらしいこの山小屋は、これだけの強い風にもびくともしない。
それは有難かったが…外からじわじわと迫り来るこの冷えは、いかんともしがたいもので……暖を取ろうにも薪は無く、火を起こす術もない。

「……なぁ…」
フリックは徐々に体温が失われて行く事に幾ばくかの焦りを覚え、気力を絞って声をかけた。
「何」
素っ気無い単語の返答にめげそうになるが、ここで止まったら今後の生命に関わる。
「こっちに来ないか?」
「……何で?」
唐突な物言いにルックはこちらに視線を向け、当然の問いを投げた。
「お前…見てるだけで寒いぞ?……生憎、薪も切れてるし…」
「何が言いたいワケ?」
「…だから、こーいう時の定番と言えばなぁ……」
直接それを言うのは躊躇われ、何とか気づかせようと外側から言葉を選んでいると、はぁ…と聞き慣れた溜息。
「回りくどい言い方してないで…自分が寒いからくっつきたいって言えば?」
「う……」
図星を指されて言葉に詰まる。あぁ…情けない、本当に情けない。自分よりも軽装なルックが平然としているのに、どうして自分は堪えれないんだ?
もとから寒い方が苦手ではあったが……
「それだけ着こんでるのにまだ寒いの?」
「状況が状況だろ…お前は寒く無いのか?そんな格好で……」
「僕のローブは特殊なの。使ってる布も…魔力を編みこんであるからね」
ルックの答えに、あぁ…と納得がいった。伝わる温度を調節出来るような、魔法仕様の服に包まれていればそりゃ、さほど辛くないだろう。
「そうなのか、便利だなぁ……その布、城で使えたら良いのにな」
「大量に作れるものじゃないし…しかも…高価だよ」
「……だろうなぁ…」

「……全く…」

弱々しく呟く俺に、まるで舌打ちでもしそうな声で吐き捨てると、ルックはつかつか…とこちらに歩いて来た。
「……ルック?」
自分の前に立って見下ろす彼を怪訝気に見上げると、突然ぐいっと胸倉を引っ掴まれて身体が引かれ―――
「……う、わ…っ!?」
当然、ただの木の椅子に座っていた身体は床に投げ出される。
「いったた…何するんだよ!とつぜ……」
意味のわからない行動に抗議をしようとルックに文句を言おうとした時、その細い身体が自分に押し付けられる。
マントを下に、床に座った格好でぎゅう…ともたれ、抱き締められる。胸にあたる感触は、なるほど…そこまで体温を失われていないのがわかる。暖かい…
「椅子に座ったままじゃできないだろ…」
ぼそぼそと下から聞こえる声に、納得が行き……同時に驚きを感じていた。
あぁ言ったものの…まさか、自分の要求を飲んでくれるとは思わなかったからである。
「暖かいな……」
しかし、そんな事を言ってはまた機嫌を損ねてしまうだろうと思い、疑問は全て押し込めてぎゅう…と、その身体を抱き締めた。
意外に優しい所もある事…知ってたけどな……
俺は強く抱き締められて、嘆息している腕の中の少年の、気紛れともいえるようなそんな行為を嬉しく思い見えないように微笑んだ。

暫くの間お互いの体温を分け合い、その寒さもなんとか紛らせていた頃。
「……あ、」
「あ?」
ルックがくぐもった声で呟く。意味を図りかねてオウム返しに問うと、ゆっくりと顔を上げて身体を離した。
途端に触れる空気に身体が震えるのに、苦笑を禁じえない。
「……戻ったかも、知れない…」
ふ、と自分の片手を見つめ…小さな声で言うと、すぅ…と息を吸って瞳を閉じ…魔力を集めようとしているのか集中しだした。
周りの空気が、気温とは関わり無く圧縮されたような感覚を伝える。
「魔法が使えるのか?」
フリックが聞く答えを返すよりも先に、辺りの空間が歪み始め…慌ててルックに触れたフリックごと、その場から姿が掻き消えた。


その後の話。


一週間たった今でも、あの時のお返しをさせられているらしいフリックのやはり情けない声が城中に響いているとかいないとか。

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