uncontrol

困った事になったものだ。

二人の騎士と対面して、フリックは渋面を作り心中で呟いていた。

通りすがりの訓練場。騎士たち二人…マイクロトフとカミューが、剣を交えていたものだから。
まだこの城に来て間もない彼らの腕に、つい興味を惹かれてしまって、足を止めてしまっていた。
されど長居するつもりは毛頭なく、誰にも声をかけずにすぐに去ろうと思っていた。
少しだけ、彼らの剣を見たら…そう、思っていたのに。

「良いじゃないですか、せっかく立ち寄ってくださったんですし」

決着が着く前に立ち去れば、との思惑が外れ、あろう事か手合わせの最中で赤騎士が静止をかけ、中断してしまった。
どうやら彼は、自分が訓練場に来た時点で、目敏くも気づいていたらしい。

カミューは、俺が去ろうとする気配を察知して、慌てて剣を止め、声をかけてきた。
大方の予想通り、マイクロトフと手合わせをして欲しい、との申し出だ。
何故、自分ではなく青騎士の方なんだろう…と、首を傾げる間もなく、マイクロトフは、それは良い、と身を乗り出し

「俺からもお願いします。貴殿の噂は良く聞いている。是非、手合わせして頂きたい」

そう言って、模擬刀を差し出してきた。
真っ直ぐに顔を合わせるマイクロトフに、フリックの視線が揺らいだ。
答えあぐねている自分に、周りの兵士達の視線が刺さる。

それくらいの手合わせ、してやれば良いじゃないか。

そう言っているのがひしひしと伝わってくるようだ。
しかし、フリックは受けるつもりは全くなかった。
面倒くさいとか、時間が無いとかそんな事じゃない。受けたくない理由はあった。
それを話して納得してくれるのかどうか…

「フリック殿、どうやら困っているようですが…何のご都合が悪いんでしょう?」
「俺では、相手にならないとでもお思いですか?」
「そ、そうじゃない、少し見させて貰ったが…お前さん達の腕は確かだ」
二人から畳み掛けるように、言われ、慌てて本心を言う。
「だから問題っていうか…。お前さん達は強すぎるからな、加減ができなくなる」
「……それこそ、要らない事ですよ、フリック殿。腕は確かと言っておきながら手加減をするおつもりで?」
「あー…言い方が悪かった、すまん。…そうじゃなくて、互いに本気で打ち合ったら怪我するかも知れないだろう?」
「多少の怪我など、構うような自分ではありません」
我ながら、何とも伝わり難い言い回しをしていると思った。そのおかげで、きな臭い方向に進んでいく。
むきになっていってるのは、もっぱら青い方の騎士だけだったが。
ここまで来てしまっては、上手く断る事など自分にはできないだろう。
「……わかったよ、そこまで言うなら…」
仕方ない……、と溜息をついて、マイクロトフに了承を伝えた。

模擬刀ならば、まだ何とかなるだろう。

言えなかった本当の理由を飲み込んで、模擬刀を受け取ろうとした、その時。



「木刀なんかじゃ駄目だよ」

ふいにかけられる声に、フリックは驚いて後ろを見る。
「ルック!」
いつからいたのか…、大声でなくとも聞こえる距離に、その少年は立っていた。
無表情な常の口元に、今は楽しげに笑みが浮かんでいる。

「そんなの、新兵の稽古の時しか持った事ない男だよ?本気が見たいなら、真剣じゃなきゃ…」
「ルック、余計な事は…」
言わないで良い、と続けようとする自分を阻止して、マイクロトフは
「ならば、真剣で構いません。模擬刀は周りの兵士に合わせて使っていた物です。もとより真剣勝負の方が望む所です」
と、強く言うと、模擬刀をカミューに渡してしまった。
さっさと自分の剣を用意するマイクロトフに、どうしたものかと目を向けていると、
またも、別の声がかかる。

「やれば、良いじゃんフリック」
「お前まで…来てたのか、ティル」
腕を組んで、傍観しているルックの横に、これまた楽しげな笑みを…こちらは満面に浮かべて、ティル・マクドールがひらひらと手を振っていた。

「さっき城に着いたばかりだけどね。大丈夫さ、見極めて俺が止めてあげる」
「…………」
どうにも引けない状況にも関わらず、まだ渋っているフリックに、軽い口調で言う。
胡乱気に見つめていると、ティルは肩をすくめた。
「フリックを止めるとは限らないしね?どっちも真剣にやらないと、危ないんじゃない?」
「俺はもちろん、本気でやります」
「……真剣でやる限り、戦場での本気になるぞ?」
「わかってます、戦地で戦った事くらいあります」
「…………」
フリックは重々しく溜息をつくと、ティルを睨みつける。
「絶対に止めろよ?」
「俺を誰だと思ってんの」
「…………くそ…、どうなっても知らねぇからな」

おおよそ、普段からは想像もつかないくらい乱暴に吐き捨て、押し殺した視線でティルらを一瞥すると中央へ歩いていった。



「……イイ顔…。思わぬところの収穫だね」
うっとりと呟いたのは、横で眺めているルックだった。
その顔は、言葉から窺える通り、満足げなもので。
「戦場でしか見せない顔だよ?…こんなにじっくりと見れると思わなかった」
「俺も、真剣なフリックは見ていて楽しいからね」
「君の言葉がなければ、やらなかっただろうけど」
「俺の後ろ盾は、踏み切る力はあったらしい。向こうの騎士さんには気の毒だけどなぁ…」
「フリックにこんな事を持ちかける方が馬鹿なのさ。……ま、殺しはしないよ」
「お?ルックが止める?」
「あいつに、仲間殺しをさせるわけにはいかないでしょ?僕の方が早いし、ぎりぎりまで見れるじゃない…」
「くっく…ホントかわいそ…」




フリックは再び、まずいな…と思っていた。

マイクロトフの剣は先に見たとおり、確かに侮れないもので。
自分のスピードに付いて来る事もさながら、こちらの動きを良く把握し隙をつこうとしてくる。
初めて見る自分の剣に、的確に反応してくる。

その強さがまずいのだ。
マイクロトフの強さに、奥底のものが引きずり出されてくる。
フリックは自分の中の血が、戦場と同じモノに変化してくるのを感じていた。

戦いに身を置く者の習性なのか、それとも本来から眠っている部分なのか。
相手の技が切れれば切れるほど、自分との力の差がなくなるほど。
極限に追い込まれるほどに。

神経は研ぎ澄まされて、それに比例するように冷酷さが増して行く。
普段の人当りの良い、優しさは完全に影を潜め。
ただ、相手に止めを刺すだけに、身体が動いて行くようになる。

それは、戦地を潜り抜ける為の術として身につけたもの。
そして、フリックの優しさゆえのものだった。
迷いなく急所を貫けば、死ぬ苦しみは少なくなるゆえに。


「変わった…」
遠巻きに見ていたルックが、ぽつり…と、呟いた。
開始から真剣そのものの顔付きではあったが、それがさらに、
冷たく、鋭く、切れるような気配になったのを、ルックは肌で感じていた。
「あぁ、変わった。速度も上がってきたね」
ルックが言葉にすると同時に、ティルも感じ取っていた。
共に戦場で肩を並べて、同じだけの戦いを過ごしていなければ、この変化は気づけない。
「滅多に見れないよ…戦地以外じゃ、あんな…剥き出しの顔は…」
擦れた声はティルだけに届いていたが、ちらりと盗み見た顔は恍惚とでもいえるような表情で。
見慣れたティルであっても、数秒、視線を止めてしまった。
「こんなギャラリーに見せるの勿体無くない?」
こほん、と内心で咳払いをして、中央に視線を戻す。
「大丈夫さ、表情の変化に気づいているのは僕らくらいなものだからね」



そんな事を言われているとは、露も知らず、場の中心では剣の激しさが増して行く。

フリックの息は全く乱れない。
かくいうマイクロトフも、乱れた様子はないが。
僅かに、動きが鈍くなっているように見られた。
いや…実際はマイクロトフのスピードは変わっていない。
フリックの動きが、速くなってきているのだ。

前半に見えていた探るような動きは全くなくなっていた。
今はただ、相手に隙を作らすための動きに変わっている。
ともすれば、そのまま絶ってしまうほどに、一太刀一太刀、重みが加わる。

瞳に映るのは、暖かさなど微塵もない。
触れたら切れてしまいそうな冷たい青。

一瞬。マイクロトフがフリックの剣に押され体制を崩した。
はたから見れば崩れたようにも思えない、僅かな足の引き。
しかし本能的にそれを悟ったフリックは、躊躇いもなく頭上から剣を振り下ろしていた。

「…………っ!!!」

その瞬間、二人の間を風が吹き抜けた。
側で見ていたカミューまでもが息を飲んで、
誰もがそのまま、切られてしまうと思った瞬間に。

吹き抜けた風は、フリックの剣を場外へ叩き落としていた。


「……………」

呆然と向き合っているのは当の本人達で。
数秒後、先に我を取り戻したフリックが、気まずそうに頭を掻くと
「……怪我は無いか?」
と、簡潔に聞いた。

それに、はっと…顔を上げたマイクロトフは、その場で一礼する。
「真剣の勝負を……、有難う御座いました。本気の貴殿を見させて頂いた。……この経験は忘れません」
「フリック殿、私からも感謝します。私たちに足りない物を見せて頂きました。この先の役に立ちます」
静まり返った城内を溶く様に、カミューが割って入り、軽く会釈をする。
「……そうか、それなら…まぁ、後悔はしないでおく。だが、木刀だったら…俺は負けてたと思うぜ?」
「そうでしょうね、しかしこれから望むのは戦場です。私たちはそれを学ばなければいけません」
「これから何度も駆りだされる。嫌でも学ぶさ」
「えぇ、それでも。実践の場より先に、この勝負を見れた事を感謝しますよ」
そう言って、もう一度一礼すると、未だ興奮の冷めやらぬマイクロトフと、騎士団員を連れて訓練場を去って行った。


「お見事。さすがフリックだね」
「……ティル…」
フリックは咎めるような視線を向ける。先ほどの冷たさはすっかり消え、本当に困ったような顔だ。
しかし瞳の奥の光は、まだ残っていた。
本来なら、戦場なら。きっちりと決着が着く事で消える光が、燻っている。

「俺は良いもん見せてもらったし、この辺で城の奴等に挨拶に行くよ、後はルックに任せるから」
そう言ってバトンタッチ、とでもするようにルックと手のひらを合わせて、騎士達と同じように去って行った。

「全く…、お前たちは…」
やれやれ…と、頭を横に振ると、残ったルックに視線を流した。
「ルック」
「……わかってるさ、責任は取る」
フリックの前に回りこみ、上目で見上げると、すぃ…と身体を寄せて囁いた。
「僕の部屋の方が良いだろう?誰も寄り付く事がないからね…」
「…頼む」
「良い物見せてもらったしね。それに僕も…アンタのあんな顔見てたら堪らなくなったよ…」
吐息交じりに答えるフリックに、満足げに艶笑して、転移の為の魔力を満たしながら。

フリックの頬を、指先で撫でた。

「おいで…、抑えきらないその血を…治めてあげる……」




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「結局、フリック殿はあの姿を見せたくなかったから、渋っていたんでしょうか?」
「うーん…正確に言うと……フリックはさ、あぁなる事が嫌だったんだよね」

訓練場から出たすぐそば、何故か待ち構えていたカミューに、ティルは捕まっていた。
ティルは別段嫌がる風もなく、誘われるままにお茶なんぞ頂いていたりして。

「君たちの腕に引きずられてさ、戦場でも無いのに制御できないのが嫌だったんだよ」
「貴方がたが止めなければ、死んでいましたか?」
「うーん…まぁ、寸前で止めれる腕もあるし…でも重症は負わせてるかも。そうなったらさ、やっぱ気まずいでしょ?それも渋った理由かなぁ」
ズズー…と、茶をすすり、茶菓子を食みながら、内容とはおおよそかけ離れた笑みを浮かべる。
「なるほど…初めから力量を見抜かれていたわけだ。適いませんね」
「まぁ、ね。何にしろ経験が違うんだから仕方ないでしょ。でも…彼にそこまで本気を出させる、あんた達、誇って良いと思うよ」
「……褒め言葉として受け取っておきます」
その「彼」に一目置かれている貴方は…、と続く言葉は笑みに変え、緩やかに頭を下げる。

「本当に、興味深い方々が集っておられますね、ここは…。あれに付いて来て正解だった…」
最後の言葉は、ティルに聞かせるものではなく、ふ…と、笑みながら呟いて。

アンタも充分、興味深いと思うよ……と。
これもまた、ティルは茶と共に飲み込んだのであった。





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