「ル――…ック、最中に気をそらすのは、さすがにマナー違反じゃない?」
そんな事を思い出していると、頭上から咎める声が。
ちら、と覆い被さる顔を見る。
そうだっけ、シてる最中だっけ。
ぼんやりと今の状況を思い出していたら。
「おー…い……」
と間延びした声と共に、身体を密着してきた。
すでに繋がっている状態でそんな事をされれば、当然、その繋がりは深くなるわけで。
中の動きに、意識は一気に覚醒する。
「その気じゃなくなったなら、やめるけど?」
到底、そんな状況とは思えない平常な声色で、首を傾げてみせる。
中で感じる状態から、この、今の時点で止めれるのかと問いたい所だったが、言葉の通り止めれるのだろうと、僕は思った。
否、知っていた……が正しいか。
「別に。思い出していただけさ、これの始まったきっかけを」
返す声もまた、おかしなくらい普通の声で。
会話だけを聞いてる者が居たならば、彼らの今の状態など、とても想像がつかないだろう。
「嫌な事、思い出してんなよー……」
「……っ…」
抗議と共に動かされる身体に、さすがに声を詰まらせて。
眉を寄せる、その顔に満足したのか、見下ろす彼…ティルは、ふふん、と笑みを作って見せた。
この軍の旗頭。この城のリーダー。
ティル・マクドール。それが、毎夜、響いていた声の主だった。
あの後、ルックの言葉に気まずそうに俯いた彼は、ぼそぼそと呟いた。
……協力してくれない?
と。
協力する義務はなかったけれど。
結局ルックは、ティルの要請を飲む事になっていた。
仕方が無い、そうしなければ、鬱陶しいあの響きは止まらないのだから。
どんな協力を、と構えたルックだったが。
それはただ、望まれた時に側に居て欲しいという、慎ましやかなものだった。
隠し通してきた弱さを、見せる相手が欲しかったのだろうと思う。
今までそれを受け止めて来た人物が。
何も隠す事の無く、弱さを曝け出せていたその人が。
もう、戻らない存在になってしまったから。
後から知った事だったが。
声が響きだした日は、その人が帰らぬ人になった日だったらしい。
なるほど、と合点が行き、ルックはティルに付き合い始める。
ルックと2人で居る時、彼は感情を良く起伏させた。
リーダーとして、揺ぎ無い、普段の自分を保つ為に。
吐き出す口を彼なりに定めていたのだ。
その切り替えが出来る事も、彼の素質だと思う。
いわば八つ当たりの相手にさせられているのにも関わらず。
ルックは、何も言わずに彼の癇癪やら、時には涙を見ていた。
だからと言って、慰めたり、宥めたりしていたわけじゃない。
ルックはただ、そこに居ただけだった。
じっと側で、聞いているだけだった。
今にしてみれば、それが良かったのかも知れない。
リーダーとして気を張る毎日。
必ず自分の言葉には何かしらの反応がある。
それだけの責任が、自分の言葉にはある。
それをただ、何も言わずに聞いてくれる。
そんな存在が、ティルの心を軽くしていたように思える。
無視してるわけでもない、だが干渉してくるわけでもない。
こんな事を言ったら怒るかも……
本人には言わず、思っていた事がティルにはあった。
それって、飼っている猫みたいなもんかな
……なんて
「やっぱり、ルックがいちばん肌に合うかなぁ……」
思っている事はさておいて。唐突にティルが話し出した。
結局、2人の行為は中途半端なままに。
どちらからとも無く離れて、ごろんと寝っころがっていた。
「あ、身体がどうとかじゃないからね?」
怪訝そうに視線を向けるルックに、付け加えて笑う。
「気を許せる全ての相手と寝てるわけじゃないし」
とんでもない事を、さらりと言ってのけて、けらけら軽く笑った。
今では彼も、随分落ち着いていて、自分を見せる事ができる人物も数人居て。
あの頃のように、独りで泣くような事は、なくなっていた。
だからもう、ルックが付き合う必要も無くなっていた。
自分でなくても、ティルには逃げ道がある。
それなのに、まだ…こうしているのは―――
「何て言うかさ、馴染むって言うのかなー」
「なじむって……」
怒ると言うより、呆れた口調で言うものの、ルックはティルの言わんとする事がわかっていた。
かく言う自分も、同じ感覚を覚えていたから。
未だこの関係を続けているのは。
自らも感じていた、心地の良さのため。
共に居る時間を持つようになってからわかった。
ティルの側に居ると、自分も幾ばくかの安らぎを覚える事を。
もとより、安らぎを求める性格ではない。
今までもこれからも、1人で変わらず生きていけるだろう。
しかし、そこに在る心地良さを。
知り得た、手に届く心地良さを。
あえて離す事はない。
どちらかが必要が無くなるまでは。
2人の間には、共通の想いがあった。
「どうして…、なんて。わかりきってる事だけどね」
問いかけを、くすくすという笑いに変えて、ティルは寝返りを打ってルックの方を見る。
「………わかりきってる事だね。面白くない事だけど」
「これの引力、とでも言うかな」
そう言うと、ティルは複雑な表情で右手の甲を見る。
彼ら2人、真の紋章の宿主が、互いに干渉を受けるのは、
十中八九、紋章の持っている力が、影響している為だと思われる。
遠く離れていても感じ取る事ができるものが、これだけ身近に在れば…
人知れず響いていた声ならざる声が、ルックにだけ聞こえたのも、紋章の影響に他ならないだろう。
真の紋章だからと言って、全てが全て、こういう影響を及ぼすのではないだろうが。
ルックとティルの紋章は、それなりに相性が良いらしく。
だから、未だ。こうして共に居るのだ。
身体を重ねたのも、どちらから言い出したわけじゃない。
何となく、ただ…お互い近くに在れば在るほどに、その影響が深まる事がわかって。
それだけの事だった。
「確かに面白くないかもね、踊らされているような感じ」
「……なら、やめる?君はもう、僕が居なくても大丈夫だろうし」
ごろごろと、寝汚く転がっているティルを尻目に、ルックは起き上がって服を着始めた。
淡々と言うその言葉に、んー……と何度も寝返りを打って。
「でも、居心地良いもんなー」
頭を抱え込む姿は、悩んでいるようにも見えるが。
ただのふり、であろう事は簡単に予想ができた。
……それも、共に居る理由かも知れない
互いに、互いの心が何となく読める。
本質が似通っているのかも知れない。
人と過ごすのが、得意ではないルックがこうして居られるのも、他人と居るような気がしないからだ。
「それに俺は大丈夫だけどさ、ルックには他に居ないじゃん?」
すっかり衣服も整えて、出ていくだけだったルックは、ドアを開けようとした所をそんな言葉で止められた。
「……僕には必要ないよ?もとより、君の声が聞こえなくなるまでと思って居たし」
「そう…?」
ベッドに寝そべって、上目遣いで見つめるティルを不思議そうに一瞥すると
「君に必要がなくなったのなら、僕はお役御免でしょ。僕は1人で、充分さ」
そう言って、部屋を出て行った。
「ん――……」
ティルは、シーツにぼふ…、と頭を落とすと、
でも今は、ルックの方が寂しそうなんだよねぇ……
心中でそんな事を思いながら、目を閉じた。
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