〜 Bad taste 〜

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
会議を終え、その内容をまとめようと自室に戻ったクルガンは部屋に備え付けられているソファに居たモノを見て静止した。

何でこんな所で寝ているんだ、こいつは

足音を立てずにそれに近づき(元来からこういう歩き方なのだ)そこに寝そべってる人物を見下ろす。
気持ち良さそうに寝息を立てている無防備なその顔を見てはぁー・・・と長い息を吐いた。
気配を消しているわけでもないのに、ここまで気づかないとは猛将の名が泣くな・・・
クルガンはおもむろに手を伸ばし、頭に枕代わりにされていたクッションを引き抜く。

「・・・・っだぁ・・・??」
支えられていた頭がずり落ちさすがに目覚めた猛将、ことシードは驚いた顔でクルガンを見上げ
「・・・・・・よぉ!もう会議終わったんだな」
その視界に入ったものを彼だと認識すると、機嫌良さげににかっと笑った。
「こんな所で何をしている」
彼のその調子とは裏腹に、無愛想に淡々と言う。普段からこんな調子なので機嫌のほどはどうなのかわからないが。
「見てわかんねぇ?」
低音に響く、慣れぬ者なら無意識に身体を緊張させるような冷たいその声も、全く意に介さずといった様子で飄々と言ってクルガンのダークグレイの瞳を見上げる。

確かに、一目瞭然ではあるが・・・聞きたいのはそんな事ではなく。

「ここは私の部屋だが?」
「んな事は知ってるって、何回来たと思ってんだよ」
「・・・・・・・鍵はどうした」
出る前に、確かにかけたはずの鍵。そう、今も入るときに開けたのだ。
「へっ・・・んなもん、コレで一発よ」
小さな細長い針金を得意げに見せたシードに思わず頭痛を覚え、頭を押さえる。
何故鍵開けなどという族紛いの事を覚えているのか…しかも内から掛け直す所がまた質が悪い。

「大人しく待つ事くらい出来んのか」
つかつかと横を通り過ぎ奥に配置してある机に持っていた紙の束をどさっと置く。会議の議事録なのだろう、紙面にはびっしりと文字が書き連なっている。
「いつ終わるかわかんねーし、中で待ってるのが一番早いだろ」
むくりと身体を起こしてソファの背越しにこちらを見る青年に目も向けないで椅子に座ると、そうか・・・ともう咎める事もせずに作業を取り掛かり始めてしまった。
自分を無視して仕事を始めるクルガンにシードはむっとして不機嫌も顕な表情で睨みつけた。見ていないのであまり意味がないが。

そのまま沈黙して今度は大仰に音を立ててソファに寝転がるシードに、何か用だったんじゃないのか?と聞いて見ると
「べっつに」
とぶっきらぼうに一言返されるだけ。

先に不躾な事をされたのはこちらだと言うのに何故臍を曲げられなくてはいけないのだろう…理不尽な想いを抱きつつも、このまま不貞腐れていられるのも寝覚めが悪いので話題を提供してみる事にした。

「お前は確か、遠征中の報告書をまだ出していなかったな…?」
とてもシードに都合の良い話とは言えなかったが。

案の定、慌てて飛び起き
「・・・・あ、明日までって言ってただろ?まだ大丈夫だって!!」
バツが悪そうに取り繕う。

「そう言って忘れて、毎回誰が後始末をつけているかわかっているか?」
変わらぬ口調で淡々と言うとまたもむす・・・っと膨れた顔になり
「最近、忙しかったじゃんよぉー・・・」
と、脈絡のない事を言い出した。言わんとする事はわかっていたが――
「遠征が立て続けだったからな」
その言葉に含まれていた意味を和えて無視して事実だけを返す。

そうじゃななくてよぉ・・・とさらりとかわされて所在なさげに頭をかくシード。そのままソファのへりに顎を乗せ、うー・・・っと、何やら考えているようだ。

もともと単純な造りをしているその思考は至極読みやすい。
何の事はない、先ほどからのシードの行動…要は「構え」と言っているのだ。

何とか手はないものかと思考を巡らせているのであろう、眉間に皺を寄せている情けない顔を見てつい苦笑してしまう。乗ってなるものか、と思っていたが・・・そうした仕草に結局自分は―――


私も甘いな・・・


クルガンはすらすらと調子良くペンを走らせていた手を止めた。


「・・・まとめなきゃいかん書類を持って来い」
「へ?」
急に自分を見つめて言うクルガンに間抜けな声を出してきょとん、と見返す。
「二度も言わすな」
一瞬視線が合い、すぐに逸らしたクルガンの言っている意味をようやく捉え、にぃっと笑うと
「・・・わーった、持って来る!そこで待ってろよっ」
勢い良く立ち上がり、部屋を飛び出して行った。

「阿呆、ここは私の私室だ」
待つも何も居るのは当然だろうが・・・走り去るその背中に呟いたが、当然聞こえはしなかっただろう。


 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


「大体、こんなのオレの柄じゃねぇんだよなー・・・」
つまらなさそうに紙面と睨めっこする青年はこれで何度目かになるぼやきを漏らした。
仕事だろうがなんだろうが、取り敢えず相手をしてくれるらしいクルガンに嬉しくなって言われるまま書類を持って来たは良いが、今まで放っておかれたものがそう簡単に進むわけもない。
10分も経たないうちに気を散らすシードを見て、まるで小学生の勉強を教えている気分だ…と自分が出した提案ながら後悔した。

「これを参考にしろ」
あまりに先に進まないシードに見かねて、書棚から自分がすでに作成したものの複製を取り出し、机に置いた。
紐で綴じられたその紙束の厚さを見て、あからさまに嫌そうな顔になる。
「お前…良くやるなぁ…こんなに」
紙束の分厚さを指で計って呆れた声で言った。
「これくらい書かないと理解出来ない輩が多いからな」
その言葉に対して、結構な辛辣な言葉を淡々と吐く。まぁ…そりゃそうなんだけどよぉ…とシードも否定する気はないらしい。

「やっぱ俺はやめとくぜ」
ふいにペンを置き投げ出し宣言をするシードにぴし、と血管の軋む音が聞こえた気がした。
「……執務を疎かにする気か」
荒げないように努めて声を押さえて言う。引きつった口元が努力の現れだ。
報告の義務は当然。そしてそれには書類でまとめるのが定説である。それを簡単に投げ出されては将として示しもつかない。
「報告しないってわけじゃねーぜ?…俺が成した事はぜ〜んぶ、この頭に焼き付いてる。紙っきれなんざに残せやしねーよ、御前でとくと武勇伝を説明してやらぁ」
なぁ?・・・口元をつり上げ、挑戦的に笑うシードにクルガンは二の句が告げれなかった。

そんな馬鹿な事がまかり通ると思うのか・・・言おうとする言葉を寸前で飲み込む。
自分では当たり前の事。そして今までも常だった事・・・それが全て正しいとは限らない。恐らくこの青年は、自分の我を何とかつき通してしまうだろう。自分には思いも寄らない展開に持ち込んで、それが出来るからこそ・・・今ここに居るのだろう。

「明日の会議の記録係は大変だな」
「んな事ねぇぜ?記録できるような話し方しねぇからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それでも書記は書くのが仕事。その光景を思い浮かべて哀れにさえ思う。
見かねて手助けする事になるのだろうな…と明日の自分を思い、もう常になっている溜息を吐いた。しかし自分の役割を考えるとまんざらでもない事に苦笑する。

「まぁ、良い・・・人には向き不向きがある」
諦めたように言うクルガンに、だろ?わかりゃいーんだよ、と何故か偉そうに答えるシード。

この青年と共に行動するようになってかなりの月日が過ぎる。
これまでにこのような事は幾度も起きている。その度に振り回される自分に憂いを感じない事はなかったが…


よっし、けりもついたし、酒でも飲もうぜ!・・・と意気揚々とどうやら持参してきたらしい酒瓶を死角になっていたテーブルの下からどん、と置く。それを見てもうこれ以上仕事は出来ないだろうな、と諦めて机を片付け始めた。


この破天荒な青年をどうやら気に入ってるらしいからな・・・

何もかも自分と違う青年、興味深くもあり・・・自分では出来ない行動をする彼に惹かれる事もある。だからだろう、結局突き離せもせず付き合ってしまうのは。


勝手に用意をしだすシードに幾分か柔らかい視線を投げ、グラスを取った。


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オチ……オチは何処……!?(笑)



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