〜 木漏れ日の中で 〜

目まぐるしく動く日々の中、それでもほんの少し息をつけるお昼休みの時間。
そんなわずかな暇を見つけ、アップルは少しずつ読み進めていた本を手に取り慣れた自室の椅子に腰掛けた。
あまりのんびり出来るわけではないけれど…と、小さく息をついてページをめくる。

読んでいるのは彼女には珍しい、普通の恋愛小説。
あまり根をつめちゃ駄目よ!…とテンガアールやビッキーに進められたものだ。
自分はこういうものは…と返そうとしても聞いてくれず、どさどさと何冊か積まれてしまった。
あげくに読んだ感想まで聞かれる始末。

律儀な彼女は借りてしまったからには読まずには返せない。
というわけで、現在やっと3冊目に取り掛かっている所である。

でも…気分転換にはなるかも……

アップルはふふ…と微笑んで文字を追う。
描かれているのは遠い遠い国のお話。
いろいろ困難もあるけれど、二人で乗り越えて行く…良くある恋物語。
まだ半分の所だけど、容易に想像がつくハッピーエンド。

現状と程遠い世界に浸る事で、考え過ぎの頭が一新される気がする。
どういう基準で選んだのかは知れないが…彼女たちが自分を気づかってこうしたものを持ってきてくれた
のだという事はわかる。

そんなに焦っているように見えるかしら…?

そうやって気づかわれると言う事は、はたから見ると余裕のないように見えるという事で。
そこに思い当たり、ふと本から顔を上げ苦笑した。

気をつけなくては……1つ溜息をつき、お茶でも入れようかな、と本をぱたりと閉じた時
「アップ〜ル♪」
突然何処からか名を呼ばれる。
そのあまりに能天気な声に思わず頬杖が滑り、かくんと頭が落ちた。

聞き覚えのある声、問わなくてもその正体が知れる。
主を探してきょろきょろ辺りを見回すが、自分以外誰も居ないのは明白で

一体何処から―――

「ここだよ〜こっちこっち」
更に軽〜く続く言葉と共に、わさわさと微かに聞こえる葉ずれの音。
まさか…と思い恐る恐る窓の外に顔を向けると…
「やっと気づいた♪」
そこには満面の笑みを浮かべる青年が一本の太い樹の幹に座って手を振っていた。
「…な、何してるのよ貴方は―――!!」
つい声を大にして叫んでしまっても仕方あるまい。





「だってさ、一番近道だったからさ」
器用にするするっと樹を伝い、近づいて窓のへりに腕をかけた青年は鼻歌でも歌いそうな調子で続ける。
いつでも軽いお調子者…とてもトラン大統領の子息とは思えない知る人ぞ知る放蕩息子、シーナは眼鏡
の奥から睨みつけるアップルのきつい視線にも動じずにっこりと笑った。
「だからって非常識にも程があるわ」
人懐っこい笑みにもふいっと顔を背け、最もな言葉を返す。
ここは2階で窓の外には大きな樹。登りやすそうな太い枝もあり、確かに中央にある階段を昇ってくるより
は早いかも知れない。しかし普通は登らない。しかも仮にも女の子の部屋だと言うのに…!

「……で、入れてくれない?」
静かに憤慨するアップルの気持ちも全然気にならないのか、下から表情を窺って聞く。
取りあえず、了承を得るまで入ろうとしないのは流石に遠慮しての事だろうが…
「知らないわ、窓から人を招き入れる習慣はないもの」
もともとの行いが悪い為、やはりつーん…と断られる。

「そう言わずにさ〜お土産持ってきたし」
「お土産…?」
その言葉にふと興味を惹かれてしまう現金な自分が少し恥ずかしい。
「そう、見て見て♪」
興味を引けて嬉しそうにポケットから握った手をそのままアップルの方に向けた。
「……?」
僅かに開かれた手に何か握られているのだが死角になって良く見えない。
少し窓から身を乗り出し見やすい角度に顔を傾けた時
「隙あり〜♪」
ちゅっっと軽く頬にキス。
「きゃぁっ」
唐突の事に驚いてつい、アップルはその身体を押し退けてしまった。その場所が何処かを忘れて……

「え、わ…わわわーっ!!」
そんなに強い力ではない。だが不安定な場所、そして体制で座ってたシーナは当然バランスを崩し―――持ち直そうとした腕がわたわたと動く。
「シ…シーナ…!!!」
慌てて窓から差し伸べられる手。
その手を掴もうと思えば掴めたはずなのに、触れようとした瞬間さっと手が引っ込められた。
(…………え…)
その行動に目を見開く。

何で――――!?

手を引く動作が仇となったのか、それともすでに持ち直すのは無理だったのか…
「シーナっ!!!」
「う…わ――――――っ」
シーナはそのまま転落した。





「馬鹿、馬鹿、馬鹿」
幸い、2階でしかない高さと繁った木々のクッションで大事には至らなかったシーナは、擦り傷と少し捻った足
を、めでたく入れてもらえたアップルの部屋で治療してもらっていた。
ホウアンの所へ連れて行くのを断固として拒んだ成果というのか、何なのか。
「そう言うなよ〜対した事なかったんだしさ」
痛みに少し顔を顰めつつも、やっぱり軽い調子で言いペロリと舌を出した。

「止められたかも知れないのに」
…何で手を掴まなかったの…?
黙々と治療を続けるアップルが先ほどの事を思い返す。
あの時の状況なら、何とかなったかも知れないのに。

「だって、もしアップルを巻き込んじゃったら駄目じゃん?」
シーナは、さも普通の事のようにしれ、っとそう言ってウィンクを一つ。


「……馬鹿」

わかってたわよ…そう答える事くらい…

そんな気を使えるくらいなら最初からあんな騙しみたいな事しなければいいのに。
全くもう……口を尖らせて思いっきり消毒薬を染み込ませた布で顔の傷を拭ってやった。
「いてててて…っ…も、もうちょっと優しくしてよ〜」
モロに傷口にしみて、シーナは哀れそうに涙声で言う。
その様子があまりにも…情けなかったから、膨れた頬が緩み、くす…と笑みがこぼれる。
それを目ざとく反応した彼は、こっちを見上げ、悪戯っ子のように、にこっと笑った。

「でも土産っての、嘘じゃないんだぜ?」
救急箱から傷テープを、はさみで切っていたアップルに肩越しにシーナが言った。
「これ、市場で見つけてさ。最近良く本読んでるじゃん?だからいいかな、っと思って」
あの転落の最中にもしっかりと握っていたらしい、今度こそはきちんと見えるように指に挟んで上に軽くあげる。

アップルは適当な長さに切り取ったテープを持って、きょとん…とその挟まれた物を眺めた。
透かし彫り細工のされた薄い銀の…板?光に当たって綺麗に光るそれは
「……栞…?」
「そ、髪飾りとかもあったんだけどさ、アップルにはこっちの方が…使ってくれるかなと思って」
照れくさそうに頭をかいてまた…無邪気なその笑顔を向ける。

綺麗な花の模様のそれは、自分には少し可愛過ぎるような気がしたけれど…

「貴方にしては…気が効くじゃない」
ぺし、と最後の傷テープを貼って救急箱を持って戸棚の方を向く。

………ありがとう…
小さく呟く声。
後ろから少しだけ見える頬がほんの少し赤い。

その言葉が聞けただけで、シーナはちょっとしみる傷薬も、痛かった膝も全部忘れてしまった。
そしてやっぱり、その明るい笑顔を満面に浮かべる。





遠い国のおとぎ話。幸せな幸せな恋人たちのお話。
前より少しだけ、ページをめくるのが楽しくなったかも知れない。



 

 


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 えーっと……何か、ティーンズハートってゆーか……一昔前のコバルト……??(笑)



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