夜明け前、空が微かに白じんで日の出を感じさせる頃。少年は静かに瞳を開け、現実の世界へと帰還した。
気だるげな長い息を吐き、僅かな軋みの音をたてベッドから起きる。
サイドテーブルの水差しを取り上げ直接喉に流し込むと、冷たく染み込む水が幾ばくか残る夢の余韻を覚ましてくれた。
乾いた身体を潤し、ふう…と一息ついて一言
「面白くない……」
と心底つまらなそうに呟いた。
「お前、なぁ……」
その声を聞いたからかそれとも気配の動きに気づいたのか、何時の間にか目覚めていたもう一人のベッドの住人が身を起こし、寝起き特有の擦れた声を少年にかける。
「終わった後で言う台詞か?それ……」
少年の言った言葉に対しての抗議――というにはあまりにも覇気のない声だったが――を溜息交じりに吐き、眠気を振り払うため軽く頭を振る。
爽快な目覚めとは言い難い。身体はだるく、思考はぼんやりと霞がかかったかのようだ。
一時間も寝てないんだから当然か――青年は寝不足でしばしばする瞳を数度瞬かせ、ふわぁ…と、いかにも眠そうな欠伸を洩らした。
「別に行為そのものをどうとか言ってるんじゃないよ」
先の言葉に対する返答をして少年……ルックはだるそうに伸びをしているフリックのもとへ近づいた。
ベッドに腰掛けながら言う言葉には少々不機嫌な色が見える。
何だ?……何か、怒ってる……?
「何時も通りだし、具合が悪かったわけでもないし」
不遜な態度のまま続けられる言葉の内容に憮然として
「……そりゃ、どうも……」
と、ぼそぼそと答えた。意味のわかるものにはとんでもなく率直な感想である。
思わず赤面しそうになる顔を、口元に手をやりそっぽを向く事で誤魔化した。
ただね……
ふらり、と身体を仰向けに倒し、ベッド上に胡座をかいていた青年の膝に頭を預ける格好で寝転がる。
突然の行動に内心驚きつつも、見上げてくる視線を合わせ、何だ?と先を促した。
「なんで声を耐えるわけ?」
「な……っ…何をいきなり…」
突拍子もない質問に青年の顔にぼ、と火がつく。今度は誤魔化す間もなかったらしい。
あまり行為中の事は思い出したくない彼にとって、そんな問いは狼狽するばかりで。
だいたい…意識してやってるわけでもなし…つい思い出してしそうになってますます心拍が上がる。
「苦しいだけじゃないの?ねぇ、何で?」
必死で平静を取り戻そうとしている青年をよそに、ルックは淡々と詰め寄ってくる。
身を起こし、乗り上げてくる少年の真剣な瞳に気圧されて不承不承
……情けない声出したくないんだろ、と人事のように答えた。
「情けない?…まさか恥ずかしいとでも思ってるの?いい年して…」
息が顔にかかるくらいの位置で、呆れ顔で溜息をつく。
……年は余計だ、微妙な年齢の青年は案外気にしているらしい(笑)憮然顔でその身体を押して距離を取る。
「うるさいな…お前、聞きたいのかよ?そんな…」
「面白くないね」
言葉を遮り、気まずい様子で下を向いていた彼の顔を両手で掴んで上向かせる。
「……っ」
再び合わせられる視線。その眼差しがあまりに真剣だったから…
フリックは石化したかのように動けなくなった。
その透明な緑の瞳に宿る感情は紛れもなく…怒ってる。
「ル…ルック……?」
暫く、そのまま睨めっこが続き、先に根を上げたフリックが窺うように少年の名を呼んだ。
「そんな風に冷静でいられるなんて許せない」
それが合図だったかのように呼びかけに反応してそう吐き捨てると、突き放すようにフリックの肩を押し、身を離した。そのままベッドを降りてこの部屋にある唯一の窓へと歩いて行く。
「おい…何をそんなに怒って…」
「やめてくれない?」
慌てて声をかけるフリックにピシャリと言いつけ、それからぷい…っと窓の外を眺めて
……まるで僕が下手みたいじゃないか……
小さく、ぽつりと一言。
フリックはぽかん…としてその意味を頭で考える。
そして次の瞬間、ぶぶ……っと吹き出してベッドに突っ伏した。
「何、笑ってるのさ……」
笑いを耐えられないと言った風で腹を抱えているフリックの上にどさっとテレポートすると、押し殺した声で睨む。
「ぐえ……げほ、あ…はは…っ…すまん、つい…」
いきなり圧迫された身体に咳き込みつつもまだ笑いを止められないらしい。
「………………」
思いっきり爆笑され不機嫌度も極まったルックは無言でフリックの首に腕を押さえつけると、容赦なくぐいぐい締めた。力の差はあるにせよ馬乗りの状態で全体重をかけられたらさしものフリックとて堪らない。
「ぐぐぐ…ま…待っ……ごめ…って」
さすがに命の危険を感じて笑っても居られず、大慌てでルックの肩をトントントン、と叩いてギブアップの意を示した。苦しげに助けを求める様子にルックは素直に手を離す。取り合えず馬鹿笑いさえ止めれれば良いらしい。
暫く深呼吸して整えた後、未だ不機嫌そうに睨んでいる少年を見上げると
「だったら溺れさせてみろよ?」
と不敵に笑った。
急に掛けられる言葉に真意を測りかねて、ルックは強く投げられる視線と訝しげに合わせる。
「聞きたいなら…お前に夢中にさせてみろ…」
……何も考えられないくらいにな
下から手を伸ばし、その首に腕を回して引き寄せると耳元に囁いた。
挑戦的な言葉。理解すると同時に自然と口元に笑みが浮かんだ…面白い。
「……言うじゃない」
新しい遊びを見つけたかのような、楽しげな響き。
「覚えておきなよ?その言葉」
強い視線を互いに絡ませ、くすりと笑い合うと、そっと唇を合わせた。