月のない夜に
星々は優しく光輝いて。
闇にあるのは無数の命の輝き。
けれど、月のない夜はどこか寂し気で。
それは貴方のいない夜に似ていた。
無人の廊下に響く靴音。それが一つの部屋の前で止まって。
かちゃり、と開けられるドア。入って行く人物はその部屋の住人ではなく。
部屋の主がいない部屋にこっそりと忍びよるように入る。
勿論周囲に人が居ない事は充分確認済みの事だ。
「・・・。」
音もなく扉を閉め、ふぅ、と息をついた。
今日は一日帰ってこないと聞いているので用心に鍵は付けたが安心して彼の匂いのするベットに身を投げる。
「・・・何やってんだ俺は・・・。」
思春期のガキか俺は、なんて苦笑しつつ、胸一杯に彼の匂いを吸い込んで枕に顔を埋める。
ふわり、と彼 ─ルック─
の匂いが自分を包み、フリックはそれだけで安心できる自分に再度苦笑して瞳を閉じた。
「・・・。」
瞳を閉じれば心地良い闇と彼の匂いだけが自分を支配して。
ふ、と気が緩む。
そして狂おしい程の衝動が自分の心を突き動かしてゆく。
彼を求めてやまない心をあさましいと思いながらそれでも止める事はできなくて。
ふと気づくと彼を求めて視線を彷徨わせる自分がいる。
「いない、のにな・・・。」
今、心から、彼に会いたいと思った。
ここに彼が居ない事が辛いと思えた。
息苦しささえ感じる程にせつなく胸が痛んで。
泣きそうな自分に苦笑する。
いつから、こんなにも彼を愛する様になったのか。彼を欲する様になったのだろう。
「情けないな・・・。」
仰向けに転がり、天井を見上げる。それは、やはり自分の部屋の天井とはどこか違っていて。
いつもルックが見上げている天井。
いつもルックが就寝するベット。
それだけで、気持ちが少しでもルックに触れていられるような気がして。
彼に焦がれてこっそりと彼の部屋に入るのはこれが一体何度目だろうか?
恋しい気持ちを胸に、フリックはそのまま眠りの淵へと沈み込んだ・・・。
ゆらり、と空気が歪む。
魔力を帯びた光が突然浮かび上がるように点り、部屋を輝かせる。
その中心から浮かび上がる様に現れる秀麗な美少年。
「・・・・・・・・・?」
その形の良い眉がわずかに顰められる。
視線の先にあるのは自分の寝所で熟睡する青年の姿。
「・・・・・・。」
気配を殺さずいささか怒気を含んだ気配を滲ませ、彼に近づいて顔をよせて見るが、深い眠りの底にいる青年は眠りから覚めそうになかった。
「・・・。」
呆れ顔でその場を離れ、椅子に腰掛ける。
気配に滲ませた怒気を消し、気配を殺して飽くことなくじっと青年を見つめ続ける。
部屋を静寂だけがつつんでいた・・・。
一体何時間たったのだろうか?
「っ!」
ガバ、と起きあがる。
「あのまま・・・寝ちまったのか・・・・・・。」
はぁ、と息をつく。
「そのようだね。・・・一体何時間前からいたのか僕にはわからないけれど?」
「!!!!」
掛けられた言葉に身体が飛び跳ねる。
心臓が喉から飛び出しそうな程の驚愕が一気にフリックの意識を覚醒させ、脈拍が乱れて急増してゆく。
「ルック・・・・・・。」
視線の先にいる表情のない少年を見つめ、フリックはただ息を飲み言葉をなくした。
暫く互いに見つめ合い、あわさっていた視線を解いたのはフリックの方だった。
いや、自分の立場に耐え切れなくなったと言った方が正しいだろうか。
「・・・帰って、来てたのか・・・。」
フリックのその態度にルックは目を細め、静かに低く答える。
「アンタが人のベットで寝こけてる間にね。・・・何で目をそらす訳・・・?」
ルックの言葉にフリックの身体がピクリと反応する。
「それは・・・。」
「・・・それは?」
ルックがフリックの言葉を幾分優しい口調で繰り返す。
その優しい口調がフリックの心を揺さぶったのか、苦笑しながら項垂れる。
「お前の部屋に勝手に入ってあまつさえ眠っちまって・・・情けない所を見られたから、さ・・・。」
「情けない、ね・・・。」
ルックがフリックの言葉を反芻し、すい、と椅子から立ち上がって、ベットに乗り上がる。
「ルック・・・?」
フリックの怪訝そうな声に答えずに、そのまま起き上がっているフリックを覆うように壁に両手をついてフリックを見下ろすと、この上ない柔らかな微笑みでフリックを見つめる。
「・・・待ってたんでしょ?」
「何・・・?」
見上げた、彼の息を飲む程見とれてしまう微笑に声が掠れる。
ルックはそんなフリックの様子を可笑しげに見つめながら、その優しい笑みを絶やさずに囁く。
「・・・アンタは僕を待っていたんだ・・・。そうだろ?・・・フリック・・・。」
低く名前を呼ばれて背中が蕩けそうになる。低音のルックの夜の声はフリックを溶けさせ、その柔らかな髪が降りてきたかと思うと、ぼう、と見とれていた自分にふってくる口付け。
「んっ・・・。」
反射的に目を閉じた自分の耳元でルックがクスクスと笑っている。
「会えない事が寂しくて、会いに来た・・・僕を待ってた・・・。・・・違う?そうなんでしょ・・・・・・?」
優しく髪を撫でる仕草や、頬に置かれている手の暖かさに心の奥底から込み上げて来るモノを吐き出す様に少年にしがみついて頷いた。
「違わない・・・。お前に会いたかったんだ・・・・・・だから待ってた・・・。」
「そんなに僕が恋しかった・・・?」
クスクスとしがみつくフリックを抱きしめながら耳元で甘く囁き、柔らかな耳許を甘噛みする。
「っルック・・・・・・。」
「言って・・・?」
その感触に震え出すフリックの背中を撫でてやり、促す。
促され、首筋に感じる柔らかな唇の感触を感じながらフリックは甘い震えの止まらない身体を叱咤して息を吐いた。
「恋、しかった・・・気が狂いそうな程だった・・・。」
ぎゅう、とルックにしがみつく腕が強くなる。
「・・・可笑しい位、お前に焦がれて、夢中になって・・・不安すら覚えたさ。俺はお前より十も年上で、そしてお前と同じ男でありながらお前に抱かれたがってしょうがなくなっているんだ・・・・・・それでも、それでもいい、と。お前が好きだから・・・。」
そこまで言い終えると、身体の力が抜けてゆく。自分の中にある感情全てを吐き出してゆく開放感と受け止めて貰える事に気持ちが高ぶる。
それまでフリックの独白を静かに聞いていたルックも、言い終えて彼にしがみつき、顔を埋めてしまったフリックに熱く囁く。
「・・・よく言えたご褒美、あげるよ・・・一度しか言わない・・・よく、聞いていなよ・・・。」
その言葉にフリックは埋めていた顔をあげた。
見上げたそこには見た事もない程感情に満ち溢れた彼の微笑。
自分に対する愛の証だと自惚れてよいのだろうか、と高鳴る胸でそう思う程。
それ程、ルックのまなざしは熱く、優しくて。自分だけを見、自分だけに注がれていた。
そして、次に囁かれた言葉達にフリックは幻と思う程驚きを隠せなかった・・・。
「フリック・・・僕もアンタを愛してるよ・・・。心から・・・・・・出会った時からずっと・・・その心、その魂に触れたくて、欲しくて自分のものにしたくてしょうがなかった。・・・だから、アンタを溺れる様に手に入れられた時は本当に嬉しかったさ・・・。」
ルックの口から熱く語られる言葉はフリックの張り詰めた神経を、身体を甘く溶かしてゆき、驚きに瞳は開かれ、その真摯なルックの告白はフリックの心の奥底まで暖かく染み入って来る。
「アンタが気が狂うなら僕はもうとうの昔に狂っているさ・・・。アンタを手にいれる為にはなりふり構ってなんかいられなかったからね・・・。」
「・・・そんな素振りちっとも・・・。」
告白に震えながらも思わず口を挟むフリックの唇をそっと指で塞ぎ、ルックは微笑を称えたまま低く言い募った。
「そんなトコを僕が見せるとでも・・・?甘いよ・・・どうしたらアンタが僕を見、僕に焦がれてどうしようもなくなるか、いつしかそれだけが僕の行動の全てになった・・・。そして、それは叶って・・・今、僕はアンタの全てを手に入れた・・・。」
ゴクン、と喉がなる。ルックの淫らな夜の顔にフリックの身体が反応し、与えられるであろう喜びを欲して耐え難い程欲情してゆく。
しかし、ルックの顔が切な気に歪み、微笑と共に次の告白に口を開いた時、フリックはあまりに浅はかだった自分に怒りさえ覚えた。
「二度とは言わない・・・けど、例えアンタがこの先どこでどういなくなったとしても・・・・・・・・・この想いは変わらない・・・。・・・僕が生きるだろう遠い未来の先までこの魂に刻みつけて持って行ってあげるよ・・・・・・。・・・そう。永遠、をアンタに誓ってあげる。・・・・・・僕はフリック、アンタを愛していると・・・・・・
例え、どれほどの時が過ぎ、全てが風化してしまっても。この魂が滅び去るまで約束してあげる。長い刻の中で、・・・・・・いつか再会出来たなら・・・、また再びアンタを見つけて心奪いに行くから・・・。」
覚悟しなよ?と笑う優しい微笑が見えなくなる。
頬を伝う涙を止める事はできなかった。
一体自分はどれ程の愛を彼に伝える事ができるだろうか?
その自分より細い身体を強く抱きしめる。二度と彼を見失わないように。
「・・・・・・一度でも充分すぎだ・・・・・・。」
やっとそれだけを言葉にして。
溢れる想いを言葉にする術がなくフリックはただ唇を噛みしめた。
「確かに言い過ぎたね・・・ご褒美、あげすぎたかな・・・・・・。」
強く自分を抱きしめるフリックに笑って、ルックはそっと自分の肩口に埋められたフリックの顔を上向かせ、幾筋も流れるその涙を優しく丁寧に舌で拭いさってゆく。
「馬鹿だね・・・・・・泣く事ないだろう・・・?いい大人が泣くんじゃないよ・・・・・・。」
ベルベットのような柔らかな舌が自分の涙と想いすら労ってくれるようで。
フリックはこの誰よりも愛しい少年に何としても伝えたかった。
「・・・・・・俺の魂にも刻みつけておくから・・・お前に再び出会えた時に、お前をちゃんと見つけられるように・・・。」
意思の強い光がフリックの瞳に灯る。
「鈍いあんたにできる・・・?」
揶うような微笑は、それでも限りなく穏やかで。フリックは愛しさを込めて微笑んだ。
「・・・たとえ他の全てを忘れたってお前だけは覚えているさ・・・この魂に刻みつけて、絶対に忘れたりしない・・・お前の魂だけは見失なわない・・・・・・俺もお前を愛しているから・・・・・・。」
最後の囁きは彼の耳元へ送り、フリックはルックの首に両腕をかけて愛しさに甘く息を吐いた。
「俺には永遠は約束できない・・・・・・この身体は永遠じゃないからな・・・けど、魂に刻みつけたお前の事は・・・いつか再び出会える日まで必ずどこかで覚えているから・・・・・・そして今この身体がある限り、俺は誓う。お前を・・・・・・お前だけを愛する事を・・・・・・。」
フリックの誓いにルックはフリックの肩口に顔を埋めて低く笑った。
「そうだね・・・・・・じゃあ期待しないで待っておくよ・・・。」
クスクスと笑って自分を見つめる顔に切ない微笑みで笑う。
「お前だって忘れるなよ・・・?俺の魂を・・・・・・どんな姿になったって見つけてくれよ?俺は必ずお前のそばにいくから・・・・・・。」
フリックの切なる願いにルックは笑って彼の額にその蒼いバンダナの上から軽くキスを贈る。
「僕がアンタの魂位見つけられないとでも思う・・・?愚問だよ・・・。」
その言葉は限りなく優しくて、力強くフリックの心に残る。
たとえ、どんな再会でも、きっと自分達は再びめぐり会える。
そう、心から信じられる。
そんな、確かな約束がそこにあって。
「そうだったな・・・。」
こつん、と額を合わせ、笑い合う。
クスクスと、互いに笑いが止まらなかった。想いを交わし合った後の
くすぐったさが二人を包む。
「何か可笑しいね・・・。」
「そうだな・・・。」
どちらからともなく唇が触れ合う。
最初はただ触れ合うだけの。
幾度も唇を重ね、互いに見つめ合ってまた笑みが漏れる。
そしてルックの手がフリックの肩を抱き、ベットにゆっくりと押し倒した。
フリックもそれに逆らわず、ルックの首にかけた両腕でルックも自分に引き倒してやる。
そしてまた互いにクスクスと笑い合い、鼻先が触れ合う程近くで互いに見つめ合う。
まるで、世界は二人しかいないかのように。
フリックの顔に満足気な笑みが広がる。幸せなその微笑にルックもつられて笑う。
互いに瞳を閉じ、額を合わせてこの一時の魂の融合を味わう。
身体を繋げなくとも、心が溶け合う感覚にフリックはこの上ない幸福感を感じて。
瞳を閉じても感じるルックの存在に闇の中で溶けていくようだった。
ふと、愛しさにルックの名をそっと心の中で呼んでみる。
「・・・・・・呼んだ?」
その声に驚いて瞳を開け、視界に飛び込んでくる微少にフリックも笑って応えた。
「・・・ああ。」
もう、それだけしか言葉にならなかった。
何も言葉にしなくても確かに伝わる想いがそこにはあって。
交わすキスは甘く、何の言葉もいらなくて。
この一瞬一瞬がとても尊く愛しかった。
そして、彼の人生の中で自分の存在が輝ける暖かなものとして彼の中にあれるようにと切に願うばかりで。
ただ、祈った。
彼と、できるのならば、魂までも一つになれるようにと。
それは、決して叶わぬ夢だけれど。
こうして、二人溶け合っていれば、いつか・・・。
そう願わざるにはいられなかった。
「このまま溶け合ってしまえるのなら・・・いいと、思っている・・・?」
ルックの溜息のような言葉に笑う。
「溶け合おうぜ・・・・・・。離れなくなる位・・・。」
「それはいい提案だね・・・。」
低く笑ったルックの影がフリックの影と重なり。
星明かりしか入らない部屋の中で二人の想いが溶け合っていった・・・。
にゅーーー(><。)もう、もう……号泣しました……らぶらぶなんだけど……でも!!(大泣き)
これが2人の在り方なのかなぁ……あぁ、考えさせられる。最上の形なのかも知れませんね……彼らにとって。運命を受け入れてそれでも共に在ろうとする絆のようなものを感じたのです。
よ、良いなぁ……相思相愛ってさ……(ぐらり(笑))
本当にありがとう、ありがとう、ありがとう〜〜!!!思わずイメージイラストを描いてしまうくらいに舞い上がってしまいました(笑)ルクフリ万歳……vvvv(笑)
拙いながらも描かせて頂いたイメージイラストはこちら(笑)→
◆
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