〜 Sugar Trap 〜
カチリ
微かな金属音を立て、ランプに火が灯る。
月明かりのみで照らされた薄暗い部屋に、オレンジの光が広がった。テーブル上の小さなランプから生み出されるそれは暖かく、優しい。
柔らかな色で空間が満たされ、ふぅ……と溜息が一つ。
この部屋の主である青年は、纏う衣服を寛げさせて大きく伸びをした。
トレードマークである鮮やかな青いマントを無造作にソファに投げると、倒れこむようにベッドへ沈み込む。
「今日は疲れたなぁ……」
深い溜息とともに出される言葉は、いかにも疲労の陰が濃いようだ。
青年の名はフリックという。
同盟軍の中でも重要なポストにいる彼は、多忙な日々を過ごしていた。
その忙しない毎日の中でも今日は特に忙しかったように思える。
早朝からの兵士の訓練、軍の武器設備に関する会議、それの手配に自ら近隣の町へ赴きついでに近況を探り、途中で出くわした化け物退治で町民の感謝などを受けつつ帰還、先ほどやっとそれらの報告書を正軍師であるシュウに説明しながら書き終えた所だ。
部屋に戻れたのは日付も変わり、三時が経とうとする頃。
(こんなに遅くなるとわかっていたら最後に寄った街で泊まるべきだったかな……)
ごろりと仰向けに天井を見上げ、色素の薄い前髪をかき上げた。
目を閉じ、街での人々の会話や、切り捨てた化け物の事などに頭をめぐらせる。
一通り反芻した後、やはり無理してでも帰って正解だったと結論付けた。
街の噂には気がかりなものも幾つかあったし、思いがけない場所での異形の出現も気になる。
こうした事を早く伝える事で戦況が変わるかも知れない。
情報は新鮮なうちが花。それを迅速に届けるのは自分の仕事で、後はシュウが取り計らってくれるだろう。
「疲れたなんて言えないか」
フリックはついさっきまで一緒に居た軍師の顔を思い浮かべ、苦笑した。彼は今だ自分の書いた報告書を検討し、戦略に思いを馳せている事だろう。忙しいのは自分だけじゃない。
……でもこれで少しはゆっくり出来るかな…
再び寝返りを打ち、ふかふかの枕に顔を埋める。
街での交渉などが意外にスムーズに行った為、明日の分の仕事まで済ませた。今朝の訓練担当は俺じゃないし……少なくとも午前中は休む事ができるだろう。
誰が担当だったか……持ち回りで割り当てられる訓練指揮の順を思い出そうとしていると、次第に瞼が重くなって来た。
柔らかいベッドの誘惑に、疲労した身体は素直に眠気を覚える。
取りあえず寝るか……
誘われるまま、身体の欲求を満たす為、深くベッドへ潜り込もうとしたその時―――
「………?」
ふいに何かの違和感を感じる。
一瞬にしてぼやけた思考を押しのけ、素早く身を起こして辺りを見渡す。
しん…と静まり返った部屋。別段変った様子はなく、いつも通りの見慣れた光景があるだけだ。
神経を研ぎ澄ませ、周囲の気配を窺ってみても…やはりこれといった不審な点はない。
だが……
フリックはベッドから起き上がり、部屋の中心へと歩く。
気のせいじゃない。一瞬感じたあの気配は―――
「……来る時は扉から来いと言っただろう?」
低く…しかしはっきりと、薄暗い部屋の隅を見据えて声を掛けた。
影が濃くなっているそこは、確かに見にくくはあるが…人の存在の有無くらいはわかるはず。
明らかに無人のその場所へ声をかける行動は、他からみたら奇妙に思えるかも知れない。
でも青年は待っていた、そこから現れる変化を―――
「……良くわかったね…」
暫く後、居ないはずの空間から音が流れる。
怪奇現象もかくやというそれは一瞬の空気の歪みと共に現れた。
「――ルック…」
自分の勘が正しかった事に安堵の息を吐き、現れた少年の名を呼んだ。
「どうしてきちんと扉から入らないんだ」
静かに暗がりから歩み出る少年に、幾分か怒りを孕んだ声で問いかけた。
何度口にした事かわからない。普通の来訪者は扉を叩き、了承を得てから入るものだ。
しかしながらこの少年は、いつもこうして突然現れる。その稀有な魔法力を行使してテレポートしてくるのだ。恐らくは夜着であろうラフな格好から察するに、自室から直接跳んできたのだろう。
「いいじゃない、どうせ気配でわかるんだったら」
……ノックなんていらないでしょ?
さらりと言い放つ全く悪びれない態度に、思わず頭痛を覚える。
「そういう問題じゃない、急に入って来られたら驚くだろう」
確かに気づきはした…が、声が聞こえるまでは半信半疑だったのだ。神経を緊張させて構えざるを得ない、敵じゃないという保証は何処にもないのだから。毎回こんな入室をされたら疲れてしょうがないではないか。
「煩いなぁ…細かい事気にしないでよね」
咎めるように睨んでも全く効果がないらしい。
少年は反省の欠片もないそんなセリフを吐くと、つかつかと歩き部屋の中央部にあるソファにどさ、とその身を落とした。
「何処が細かい事なんだ、少しは常識を考えてくれ……」
尊大な態度を崩さない少年に食い下がりつつも、語尾に諦めの色が滲んでいる。幾度目になるかわからないこうしたやり取りで説得出来た試しはない。はっきり言って、言っても無駄なのだ。
「アンタの常識なんて知らないよ、毎回飽きもせず良く言うよね…それとも…」
一旦言葉を切り、足を組んで上目遣いでフリックの方を見る。
「急に来たら困るような事でもしてるワケ…?」
揶揄するような口調に慌てて……そういうわけじゃない…と否定した。
何を思ったわけでもないが、何となく顔が赤らむ。
「ナニ想像したの?顔が赤いよ?」
「うるさい……!」
僅かな変化を指摘され、つい声を荒げる。
からかわれているのだとわかっていても、いちいち反応してしまう自分が情けない。
ルックはフリックのそんな様子が楽しいのか、くすくす、とご機嫌そうに笑っていた。
もとより少女のような顔つきをしている少年だ。
普段の彼を知らない者だったら、そのあどけないとでも言える顔にあっさりと騙されるだろう。
口さえ開かなければ……
笑い事じゃないぜ…全く…
少年を良く知る自分でさえもつい見惚れそうになり、慌てて視線を外した。
「ねぇ、お茶くらい出ないの?」
ゆったりと足を組みこちらを眺めるその姿は、まるで自分が主だとでも言った様子だ。
急にこんな深夜に訪れておいて、随分な要求である。こっちは疲れてへばっているというのに……
「扉から訪れない奴は客じゃない」
ぶっきらぼうに吐き捨て少年から離れたベッドに腰掛ける。本来、人の良い青年だが…相手のこの態度に優しくできるほど達観してはいなかった。
……大体、こんな遅くに何しに来たんだ?
当然の疑問を離れた場所から問い掛ける。
普通ならとっくに寝ているような時間だ。少年の登場はいかにも自分が帰るのを見計らったかのようで、何の用事もないとは思いがたい。
「これ、いれてよ」
フリックの問いに答えたというわけでもないその言葉とともに、前触れ無く何かが放り投げられた。
「……っと」
放物線を描いて飛んでくるそれを慌てて受け止め、訝しげに眺める。
軽い小さな木箱、外から中は見えないが側面にラベルが貼ってあった。
「紅茶……?」
書いてある内容から察するに、ハーブティか何からしい。蓋を上げて中を確認すると、なるほど…透明な袋の中にお茶の葉らしきものが満たされている。
「そう、貰ったんだけどさ…そんな茶っ葉の状態じゃやり方わかんないんだよね」
「それで…俺にやれって?」
口元を引きつらせつつ、少年を見る。わざわざこんな時間に訪れた理由がそれか。俺はお前の給仕係か。
そんな心の声を知ってか知らずか…ルックは、そうだよ、としゃあしゃあと言ってのけた。
「別に明日でもいいだろうが…それに俺じゃなくても出来るだろう…」
すでに怒る気力もないらしく呆れたようにはぁーと溜息をつきがっくりと項垂れた。
確かに、紅茶はわりと好きで自己流ではあるが良くいれる。少年もそれを知っていて、何度か出してやった事もあるが、もっと適任な奴は城に沢山いるわけで。
「帰って来るの待ってたんだ」
ぽつり、と微妙に逸らした答え。顔を上げると、こちらに視線を向けていた緑の瞳と目が合った。
「それ、良さそうなヤツだったからさ…」
ふい、と顔を背けてつまらなそうに呟く。
簡潔すぎるそれらの言葉を考えると―――
「しょうがないな…いれてやるよ…」
照れ隠しに口元を押さえ、立ち上がり、茶器が置いてある棚へと向かった。
つまりは、
……アンタに飲ませてやりたかったんだ
と言われてるようなもので。
本当に素直じゃない……大人しく待っている少年を用意しがてら盗み見て、そっと苦笑する。
普段本気で言葉も態度も悪いこの少年の、ふと垣間見せるこうした行為が青年は嫌いではなかった。だから、何だかんだ言ってほだされてしまうのだろう、今みたいに。
もう少し時は選んで欲しいけどな……
湯沸し器からお湯を注ぎつつ、今の時間を考えて溜息を付く。待って居たというからには少年も寝ていないのだろう。寝不足で戦闘に支障が出ないといいが。
「それにしても誰にもらったんだ?」
取りあえずの用意を持ってテーブルにカップなどを並べていく。適当に茶っぱをさじですくいつつ、それの出所を聞いて見ると
「知らない女の子」
と、興味なさげな声。
「へえ…?女の子ねぇ…」
…なかなかお前もやるじゃないか
そんな軽口を後に続けると、予想通り途端に不機嫌な様子で睨まれた。
「物がそれだったからもらっただけ、いつもは突っ返してるよ」
淡々と言う内容に、そう無下にしてやるなよ…と苦笑する。何せ美少年と噂に名高い彼である。街の少女の羨望を集めるには充分な容姿で、さぞかし人気もある事だろう。ただしそれは、少年の内面を知らないからであって…
勇気を出して話し掛けた少女達の、冷たくあしらわれる姿が目に浮かぶようだ。
「誰かさんみたいに無駄に愛想振り撒くつもりはないからね」
「別に振り撒いてなんかいないさ」
自分を指してのその謂れのない切りかえしに、むっとしつつ、ポットの中を窺う。
綺麗な紅色に染まった液体を見て、頃合だな…と判断し、茶漉しを通してカップに注いだ。
立ち昇る湯気と共に、ふわり、とほのかな香りが辺りに広がる。
「ほらよ…」
ソーサーと共に少年に手渡す。ルックは両手で受取り、一口含むと
「まぁ、悪くないんじゃない」
とそっけない感想を述べた。
それが彼にとっての賛辞だと知っているフリックはくすりと笑って、そうだな…と頷く。
爽やかな柑橘系の香り、暖かく流れ込む液体が疲れた身体を癒してくれるようだ。
味も悪くなく、自分の好みにあっている。その紅茶のラベルの名は知らないものだったが、街で探してみようかな、と思った。
「美味いな…ありがとう」
いろいろ言いたい事はあったが、自分の為に持って来てくれたのは確かだから…素直に礼を言った。
「別に…」
ぷい、とそっぽを向く仕草が何となく照れてるように見えて、可愛らしいとさえ思える。自分も現金なものだ。
そのまま暫く静かな時が流れた。
「フリック」
二人ともカップの中身が僅かになった頃、急に名前を呼ばれどきり、とした。
日頃「アンタ」などという呼ばれ方をしている為、――この少年は誰にでもそうだったが――名前を呼ばれる事はあまりない。
何事かと思い驚きの表情を少年に向けると、何時頃からそうして見ていたのか…自分をじっと見ている視線とぶつかった。
「何だ…?」
凝視されて内心慌てながらも、それが声に出ないよう努めて問い返す。
「させてよ」
短い言葉。
何を…?と聞かなくても言い方と状況で、わかる。珍しい、そんな風に言ってくるなんて。
「どうしたんだ…?何かあったのか?」
その要求に対する答えではないが、らしくない少年の言葉にまずは様子を見てみる。
「アンタがこの間言った事を実践しようかと思って」
この間…?それだけでは皆目検討もつかない、何時の事だ、何かしろなんて言ったかな…?
首を傾げて思い出そうとしていると、忘れたの?とルックの言葉。
「言ったでしょ、溺れさせてみろ…ってさ」
「―――――」
聞いた瞬間、先日の出来事が鮮やかに脳裏に浮かび上がった。そして、ぶぶ…と吹き出す。
「そ…そんなに気にしてたのか…」
「また笑ったね…?」
押さえきれず笑い出してしまった自分を剣呑な光を携えてルックが睨む。
「す、すまん……」
言いつつも笑いが止まらない。
事の顛末はルックの言葉からだった。
「何で声を耐えるの?」
そうして先ほどルックが言ったのがそれに対しての俺の言葉で…気にいらないなら耐えれないくらい夢中にさせてみろよ…と言ったわけである。
それがルックの中では下手だと言われたのも同然だったらしいが――
「で、何だ?修行でもしてきたって?」
何とか落ち着かせて(それでも声は震えていたが)依然として睨み続けるルックの顔を覗きこむ。
「さあね…確かめてみてよ」
「お手並み拝見…と、言いたい所だがな」
少年の頭をぽんと叩くとにっこりと笑って、今は疲れててそんな気分にならないんだ…と続けた。
「大丈夫だよ」
……すぐにその気になるから――
飲み込まれた言葉はフリックには伝わらない。
何が…?と聞き返し、片付けの為に立ち上がろうとソファに手をついて…
「……何だ?」
と、訝しげに両手を見つめた。初めて自分の身体の異変に気づく。立てない…力が入らないのだ。
「アンタもホント疑わないよね…」
そんな様子のフリックを見て楽しそうにかけられる言葉に冷や汗が流れる。
「お前……」
「ま、無駄にならなくて済んだけど…その様子だと良く効いてるみたいだね」
その発言で全てを悟った。どうやら、あの紅茶に何か仕込まれていたらしい。
「騙したな……?」
にこにこ微笑む少年を怒りの形相で睨む。
妙に身体が暖かいなと思っていたのはハーブの効能なんかじゃなかったらしい。おかしなもので自覚すると更に効き目が現れてくるようだ。
「嘘なんか言ってないよ…ちょっと細工はしたけどね」
「お前も飲んだじゃないか…!」
そうだ、確かに全部飲んでいた。見るカップにも液体は残されていない。しかもいれたのは他でもない自分で…何かする時なんてなかったはずだ。
「自分で作った薬、だよ…先に中和剤くらい飲めるさ」
そんなフリックの疑問をいとも簡単に解決し、事を進めるつもりなのか上にのしかかってくる。
「あのな…そんなのに頼って実践しても意味ないって思わないか?」
何とか止めようとするが上手く身体が動かない。
「目的は達成できるじゃない」
「待て…考え直せ…っ」
必死で思い止まらせようとするが…こちらの意見は全く聞く気がないらしい。
くそ…感謝なんて言うんじゃなかった。珍しくしおらしい態度で紅茶なんて進めたと思ったら――
絆された自分が馬鹿だったという事か。
「往生際が悪い」
なおも逃れようとするフリックをえい、と押さえ込んで首筋に唇を寄せ、これからの行為を思わせるように強く吸った。
途端、びくり…と反応が返る。
本気で力が入らないらしく、押しのけようとして肩を掴む腕は添えられるだけになっていた。
「……後で…覚えておけよ…」
観念したのか、ぱたり…と抵抗をやめ、腕を投げ出した。どう足掻いても逃れられないなら…これ以上体力を使うのは馬鹿みたいだ。
それでいいんだよ、にっこりと天使のような笑みを浮かべ唇を合わせる。
俺には悪魔に見えるがな……次第にぼんやりとしてくる頭でそんな事を考えつつ、進入してくる舌に逆らわずに絡ませた。
「……ふ…」
鼻腔から熱い息が漏れる。せいぜい醜態を見せないようにしたいものだが…いかんせん、ルックの調合の腕は軍医であるホウアンのお墨付きだ。手伝って欲しいものです、と誉めていたのを聞いた事がある。
とろりと溶けてくる思考を止めようと日常の事を思い出す事で気を逸らさせたりして…
「悪あがきはよしなよ…」
そんな思いを見透かされてか、ルックが耳元で囁いた。僅かにかかる息さえも今はむず痒い感覚へと変わるようだ。
「……っ」
シャツの下へ潜り込んできた手に息を呑む。体温の低い、冷たい手が肌をなぞると、背筋にぞくりとした感覚が駆け抜けた。
「まだ考え事が出来るなんてね…」
感心げに呟いて胸に唇を寄せ、微かな後をつけた。
そのまま頭をずらして、赤く色づく尖りにを含む。
「……ぁ…っ」
舌で転がし、唾液を擦り付けると小さくうめいて首を仰け反らせた。いつもより敏感な肌に薬の効果を確信してほくそ笑む。
「面白い…ね」
打てば鳴るといった様子のフリックに気を良くし、楽しげに愛撫を加えていく。
未だ何とか声を押さえれているようだが…与えられるいつもより鋭い感覚に、我慢も時間の問題のように思えた。
衣擦れの音と共に徐々に降りて行く唇。滑り落ちる手。内に篭っていく快感に吐く息は熱く荒くなってくる。
弄る手がその中心に触れた瞬間、弾ける様に身体が跳ねた。
「嫌だっ…触るな……!!」
触れられたら己の状態がばれてしまう。浅ましく反応している自分を知られたくなくて身を捩じって逃れようとするが、力の入らない身体はあっさりと押さえつけられる。
「言葉を裏切ってるよね……」
くす…と喉の奥で笑い構わずに布越しに手を置く。すでに自己主張しているらしい張り詰めたソレをやんわりと擦るだけで、逃げようとしていた身体は大人しくなった。
「触れて欲しいって言ってるじゃない…ねぇ?」
殊更にゆっくりとズボンのチャックを引き下ろし、下衣と共にずり下げると隠せない欲情の証が露になる。
充分に熱を持ったフリックのそれを両手で包むと、身体を屈ませて先端に口づけた。
次の瞬間。
「……あ…っ…!!」
「……っ」
びく…っと大きく腰が揺れ、白い液体が前触れも無く飛び散った。
咄嗟に目を閉じたものの、顔を逸らす暇はなかったらしい。ルックの顔面にとろりとしたものが流れる。
「う…わ……」
引き攣った声の主は真っ赤になって顔を歪ませている。当の本人も驚いているらしい、信じられないと言った様子だ。
「早いね…」
顔を俯かせ手で瞳の回りを拭うと、嘲笑するように言葉を吐き口元を歪ませる。
「――――――っ!!」
思春期のガキじゃあるまいし、たったあれだけで達してしまった自分が情けなく泣きたい気分になる。薬のせいだと割り切ってしまえば楽になるのだろうが…それでも自分がした反応が恥ずかしくなくなるわけでもない。
俺は普通だ、決して早いわけじゃない、これは薬が悪いんであって…と自分に対してのフォローを必死で考えていると、自分の顔の両脇に手を付きルックが覆い被さってきた。
「これ、綺麗にしてよ…」
…アンタが汚したんだから、ね…?
当然でしょ?と言わんばかりの少年に、何も言い返せなかった。
自分でも不本意な事だったし言ってる事は事実だ。
言われるままに端正なその顔を拭う為、すっと伸ばしかけた手を少年の声が遮った。
「違う…」
そのまま顔を近づけてくるその意味を察して、フリックの顔が嫌そうに歪んだ。でもルックは視線を外さずじぃ…と見つめてくる。
嫌だと目で訴えても、その状態で静止して動かない。
拒否権はもとからないらしい…諦めたように溜息をつくと伸ばす手で今度は少年の頭を引き寄せた。
「…………」
頬に口付けて、己が放ったそれを吸い取る。知りたくもない味が口の中で苦い。
子猫がミルクを舐めるような音が聞こえる。続けて何度か作業を繰り返しすっかり痕跡をなくすと、最後に唇を合わせて深く舌を絡ませた。
「ルック……」
顔を離し掠れた吐息と共に少年の名を呼ぶ。
「どうしたの?」
意図する所なんてわかってるくせに、意地悪く聞く少年に潤んだ瞳で睨み付ける。
完全に浸透している薬は身体の中で暴れている。何を触れる事がなくてもじわじわと犯し続け、快感は溜まっていくばかりで…
放ったばかりだと言うのに…フリックの中心は再び頭をもたげていた。
「………………」
フリックは問いには答えず、俯いて熱い吐息を繰り返し吐く。
望む事は1つだけ。でもそれを口にする事は、まだ微かに残る理性が押さえていた。
「言えないの……?」
耳朶を軽く噛み囁きを直接吹きかけてくる。
指はそろりと腰骨をなぞり、焦らすように核心に触れない。
もどかしい、その動きに頭が痺れる。わざとやってる事はわかってる。
でも、確実に自分の欲望を煽るその手。
思考が薄れる。自分は何を……何を躊躇っているんだろう…?
「……っ……ルック…も…う、頼むから…」
止められない言葉が滑って流れる。
懇願なんてしたくない。そんな浅ましい真似、普段なら絶対にしない。
だけど、そんな冷静でいられなくて…熱くなる鼓動を押さえられなくて…
「何が…欲しいの?」
言葉を促す、ぼんやりと聞こえる呟きに…考える事はもう出来なかった。
「……が……ルッ…ク……お前が、欲し…い…んだ」
濡れた唇が誘うように動く。苦しげな息を繰り返し吐きルックの首に腕を回して縋りつく。
聞きたかった言葉。
言わせたかった言葉。
誘導して……吐き出させた言葉。
ほんの一瞬だけ細められた瞳は、まるで泣き出しそうな…そんな風に見えた。
「……う……ん…っ」
白く細い指が熱い欲望に再び絡まる。
握り込みその脈動を手のひらに感じて上下に動かすと、強張りを解いた身体がその度に反応した。
右手で膝を押すと、力も入れていないのに軽く開く。
無防備なそんな姿は、常にない…素直さで。
身体を重ねるのなんて…もう何度もしているけど。
羞恥のせいか、それとも別の何かがあるのか…フリックは、いつもどこか冷静な部分を残していたように思える。
声だって生理的に漏れてしまうものだけで、自ら我をなくす事なんてない。
こんな風に自分の行動を受け止めてくれる事も最小限で。
いつも、いつも……包み込むだけの…優しさ。
「…っ…く……っ…う」
後ろに手をやり引きつくその秘部に指をなぞらせ、中指の先を少し含ませる。
弛緩していた身体がその異物感にびくんと跳ねて強張る。
解す為にゆっくりと指を動かすが…意識が飛んでいる為に、いつものように力を抜けない。
素直すぎる反応は、感じる不快感に逆らわずその異物を押し出そうとしてしまうらしい。
思わぬ効果に苦笑して、ルックは含ませたその指に顔を寄せた。
「…ぁ……?」
敏感な部分に吐息がかかる。
進まない指の付近を、躊躇いも無く口を寄せ唾液を擦り付けた。
「……っ!!……ゃ…め…」
なぞられるその感触に、瞬時に腰が引こうとする。
でも緩慢な動作はすぐに空いてる手で封じられ、その行為は続けられた。
ぴちゃぴちゃと淫猥な音が響く。
遠くに聞こえるその淫らな音がいっそう欲を掻き立てる。
相乗するそれが違和感を塗り替え、快感を呼び起こした。
「あ……っあ、ぁ……!」
込み上がる声を押さえる事なんて出来ない。
引き起こされる快感に手が宙を彷徨い、ソファの背に辿り付いて爪を立てた。
閉ざされていた秘部は唾液と自ら流す液で濡れ、滑らかに指を受け入れる。
解された具合を感じ、ルックは指を増やして内部を探るように掻き回した。
「や…嫌だ……も…」
切羽詰った声に、また限界がきているらしい。
容赦なく快楽のポイントを突いて擦る指に、熱い昂ぶりは先走りの液を溢れさせていた。
「我慢なんて…出来ないはずだよ……?」
頭を振って散らそうとするフリックにそう言って、更に追い立てるように愛撫を続ける。
純粋に追い上げるその動きに、
「………っ!!く……は……ぁ…」
フリックは2回目の精を放った。
身体を小刻みに震わせルックの手を汚す。
感じ入ったように瞳を閉じ、荒く息をついて全身の力が抜ける。
その緩んだ一瞬を計り、ルックは唐突に自身を埋め込んだ。
「―――っっ!!?…あっ…ぁ……っ!!!」
圧迫される、指とは比べ物にならない質量に高い悲鳴のような声が上がった。
達した直後、脱力しきっていた所だったので、何の抵抗もなくそれは最奥まで埋まる。
「………っ…く…」
体内にある熱い欲望を認識すると、無意識のうちに自分を犯す侵入者を吐き出そうと内部がきつく収縮する。
その締め上げにルックは顔を顰めた。このままでは動く事も出来ない。
「全く……世話のかかる……」
そう溜息をついて汗ばんだ髪をかき上げ、二人の間で萎えていたモノを握り込み、先に出された液を滑らせた。
性急な愛撫にも関わらず敏感な身体はすぐにまた反応を返し、共に内部が柔らかく溶け始めた。
絡みつく熱さが程なくなってきた事を感じ、ゆっくりと前後へ動き出す。
「あ……ふ…ぅ…あぁ……っ」
挿入の度に高らかに嬌声が漏れる。
止め処なく溢れる艶やかなそれは快楽だけを追っている事を感じさせた。
「…あう…っ……は…ぁ…!!」
片足をソファの背にかけさせ大きく両足を押し広げ深く抉ると、いっそう甘い声が響いた。
こちらの動きに合わせて自ら腰が揺らぐ。
ざわめく内部が抜き差しされる塊に貪欲に絡みつき快感を貪っていた。
淫乱な…娼婦のようなその淫らな所作。
意識があったなら…絶対に見せないであろう、感じ入ったその表情は壮絶な程艶かしい。
「…後で、忘れていいよ……」
匂い立つ姿態を眩しげに眺め小さく耳元で呟いた。
「…くぅ…ん…っ……はぁ…あ…っ」
近づいた頭に助けを求めるように手を伸ばし、その腕に掻き抱く。
言葉は続けられる単調な前後運動に紛らせられ、届いていないだろう。
「みんな忘れていいから…アンタの全部を見せてよ…」
聞いていないのはわかっていたけど…それでもルックは囁き続ける。
答えはいらない…欲しくないから……
「今だけでいいから……」
全身で求めてくるその身体を愛おしいげに抱き締めた。
「…あっ…あ…ぁ…!!」
深く、深く繋がる身体。挟まれた自身が動きに擦れ更なる快感に満たされる。
「んん…っ……は…ぁ…ルック……」
飛んでいるはずの意識の中、フリックは賢明に言うべき言葉を紡いでいた。
「ルック…ルック……ルッ……ク…」
睦言のように繰り返される名前。
涙でぼやける瞳を懸命に凝らし、自分を見上げる青い瞳。
呼ばれる声に、ルックは…身体が震えた。
湧き上がる衝動のままに激しく身体を突き動かす。
空気を求め喘ぐ唇を噛み付くように塞いだ。熱い口腔の中、互いの吐息が絡み合う。
「フリッ…ク……」
「…っあ……あ…ぁぁぁ――――っっ!!!」
卑猥な音が肌を濡らす中、二人は共に快楽の渦へと飲み込まれた。
ぼんやりと窓の外で鳴く鳥の声を聞いていた。
隣では息も感じさせない程、深く寝入っている少年が居る。
薄っすらとだが、記憶は残っていた。その為に……先ほどから出る溜息を押さえられなかった。
ただの悪戯だったなら…責める事も出来たのに……
頭に甦る、少し高い声。
あんなに切なげな…本人は自覚していないであろうが、泣きそうな瞳を向けられては……
フリックは脳裏に浮かぶその表情に、苦笑する。
何処か冷めた自分が居て…流されないように気を張って居た自分を敏感に感じていたのだ、この少年は。
不安にさせるような事をしてしまっていたんだろう……
「本当に素直じゃない……でも、人の事は言えないな……」
起こさないように細心の注意を払って、細い身体を抱き締める。
少し上昇している体温を感じ、フリックは再びまどろみの世界へ向かうべく瞳を閉じた。