Jealousy

「ひでぇ奴だよな、お前って…」
「何の事?」
「オレが知らないとでも思ってんの?」
「嫌なら良いんだよ、アンタじゃなくても……、…」
「―――ホント、酷いよね…」
くすくす…笑い声が暗闇に響く。
横たわる少年が這いずる手の動きに小さく震えた。

「……?」
フリックは約束の時間に、ルックの部屋に訪れようと廊下を歩いていた。
突然の呼び出しは珍しい事じゃない。
あいつはこちらの都合などいつも構おうとはしない。
その足を止めたのは、部屋の戸口まで数歩の所。
薄く開いている扉、そこから…聞こえる―――声…
「……っ…」
さすがに小さく息を飲んだ。足音を殺して部屋の前まで近寄る。
思った通りの光景。
揺れるベッド…見せ付けるように、明かりは灯されていて。
瞳に飛び込んで来た、悩ましく乱れる少年の表情。
「―――……」
何故だか、小刻みに身体が震える。
走ってその場から去りたかった。
でもそんな事をしたら気づかれてしまう。
焦る気持ちを押さえて、フリックは静かにその場を後にした。

「――――」
少年は戸の外の気配に一瞬気を向けた。
「……おい」
「………っ…」
途端、咎めるような愛撫。声に含まれるのも同じ色。
「せめて、最中くらいオレを見てろよなぁ…?」
「……ふ…、それは悪かったね」
押さえられた声が返事をする。
先程までとは打って変わった、静かな声。
乱れた嬌声を…一体、誰に聞かせていたのか…
覆い被さっていた彼は、片眉を上げて微苦笑する。
……ま、イイけどね…
乗ったのも自分だ…と、彼は息をついて行為に没頭した。

どんよりと曇った空、そんな日に、見慣れた姿が今日もまた屋上に現れる。
フリックは景色が見下ろせる屋上の縁、慣れた定位置には歩まずに戸口近くの壁にもたれた。
「……くそ…」
小さく、口をついて出るのはそんな言葉で。
朝からどうしようもないほど不機嫌極まりなかった。
理由はわかっている。昨夜垣間見てしまったあの…情事。
脳裏に浮かんでしまったあの表情を、ち…っ、と舌打ちをして掻き消す。
苛立たしげに壁にこぶしをあて、頭を振った。

あれがどうしたって言うんだ?何を気にする必要がある?
あいつとの事は単なる遊びじゃないか。
あいつが求めてくるから、俺は応じてるだけだ。
ただ…快楽を共有しているだけだ。
愛を語らったわけでも、約束を交わした訳でも無い。
でも―――……

幾度、振り払っても浮かぶ…ルックのあの表情と声……

「……俺との時は、あんな顔…見せないじゃないか…」
俺を抱く、あいつは…むかつくくらいに冷静で……
歪みもしない微笑を浮かべて……組み伏せてくる。
それだけなのに―――

その違いが、何故こんなにも苛立たしいのだろう



「あれ?こーんな昼間っから酒〜?イイ身分だねー…」
脳天気な声にフリックは顔を上げた。
気分直しに酒場に赴いたのに、よりにもよって一番顔を合わせたくない相手に見つかるとは。
「お前には関係無いだろ、…シーナ……」
駄目だと思いつつも、言葉に刺が含まれてしまう。
隠し切れない自分が情けなくて仕方ない。こいつは何も知らないであろうに。
ただ…ルックに誘われて、行っただけだろうに。
険を含む言葉もなんとも思わないのか、シーナは断りもなくフリックの横へと座った。
「確かにさー…オレには関係ないけどねー…」
と言うと、ひょい…とフリックのグラスを奪い、一口飲んでから返す。
「……おい」
溜息とともに呆れた声を出し、ぱた…と机に伏せてくすくす笑う、シーナを見やる。
「……フリックさー…」
ぼそ…と、笑い混じりに小さく呟いた。
「見てたんでしょ?」
簡潔に続けられる言葉に、フリックの動きは止まる。
「動揺…したから?…駄目だよ…俺たちにさえ気配を悟らせるなんてさぁ…まだまだ、甘いねー…青雷のフリック?」
「お前…」
机にだらん、と突っ伏したまま顔だけを少しこちらに向けて、にこ…と微笑む。
「俺…たち?」
「……オレが気づいたんだもん…あいつだって気づいてる」
フリックは問いへの答えを聞きながら、暫くその目を睨みつけていたが、変わらぬ表情に、ふい…と視線を逸らした。
「オレさ、ちょっと事情通なんだけどね…」
それきり何も言わないフリックにシーナは言葉をかける。
「アンタも同じなんだろ?あいつと…さ、そーいう関係ってやつ?」
あくまで軽く言うシーナに、短く、だからどうした?と返答する。
こんな会話、続けたくなかった。
残ったグラスの液体をぐい…と一気に煽ると、立ち上がる。
同じように立つシーナがその背に近づいて
「だったら、アンタも知ってるよね?ルックの、あの顔――……」
「……っ!!」
からかうように言葉を続けるシーナに、振り向くと、思わずその胸倉を掴んでいた。
「すごい、可愛いよね…あいつさ、普段あんなにすましてるくせに」
その形相にも全く物怖じせず、くすくす笑いながらシーナはフリックを見上げた。
「……知るか…!」
掴んだ胸倉を、どん…と突き放すと、足早にその場を立ち去った。

「……いたた、…ホント、オレってさー…イイ奴だよねぇ…」
残された彼は、当てられた胸をさすりながらぽつりと呟いた。



バタン…、と部屋が軋むような勢いでその戸は閉められた。
装備をむしるような勢いで剥ぎ取って、どさ…と床に放る。
几帳面なフリックがそういう事をするのは珍しかった。
そのまま身を投げ、ベッドに身体を沈ませる。
反芻してしまうのは、やはり…ルックの表情と、シーナの…言葉。
「何だって言うんだ……」
長く長く、息を吐く。それでもイライラは治まらない。
俺をからかって、遊んでやがるのか……?
あの夜、あの時間に誘いをかけたのはルックの方だ。
俺が来る事はわかって居たはずだ、それなのに―――
「………何をぶつぶつ言ってるのさ…」
ふいに現れる、聞きなれた少年の声。
また、こいつは…俺の了承も得ずに部屋へと入って来る。
「……………」
怒る気もすでに失せていた。答えも返さず、視線も向けない。
近づいて来る気配を感じても、微動だにしないフリックに焦れたのか、ルックはベッドに覆い被さる。
「俺は…お前の玩具か?」
ようやく、視線が合わされた時、フリックから静かな言葉が発せられる。
「……何故そんな事を?」
「あんな場面を…俺に見せてどうしようって言うんだ?あぁ…あれから眠れもしなかったさ、イラついて、光景が脳裏から離れなくてな…」
捲くし立てるように言うと、フリックは身体を反転しルックをベッドに押し付ける。
「満足か?俺をからかって…この遊びは成功かよ?」
馬乗りに身体を押さえつけ、緩くルックの首に手をかける。
細い、両手に余るそれは本気で力をこめれば、簡単に折れるだろう。
苦しげに歪む…そんな事でしか歪ませられない、ルックの顔をフリックは凝視する。
「……っ…く…」
苦痛の吐息が口から漏れた時、は…っとしてフリックは手を離した。
「………成功…したね…」
咳き込みながらも、ルックはそう答えた。
「なんだと…」
「少なくとも今までの間…アンタの頭には焼き付いていただろ?あの光景が…ふふ、それだけで満足さ」
「……お前…っ」
眉を寄せながら笑う、ルックに思わず手を振り上げる。
小刻みに震えるこぶしを何とか押さえ込んで息を吐いた。
「……あぁ、そうか…それは楽しい遊びだったな…」
言葉を吐き捨てフリックはその場から引いて、ベッドを降りた。
「誰でも良いんなら、これからは俺をターゲットにしないでくれよ」
抑揚なく静かに言うと、ルックに背を向けて部屋を出て行くために戸口へと歩いていった…

「誰でも良かったのは…アンタの方じゃないか…!!」
起き上がり去ろうとするその背に、ルックは唐突に手に掴んだ枕を投げ付けた。
決して荒げることのない、冷静な少年のそんな激しい声を聞くのは初めての事ではないだろうか。
背に受けた鈍い痛みよりも、驚きが先行してフリックは振り返る。
きつく、睨みつけるルックと視線が交わった。
「……な…に?」
口をつくのはそんな呆けた問いの言葉、唇を噛み締めて自分を睨むルックから瞳を逸らせなかった。
「最初から…アンタは拒みもしない、嫌がりもしない…受け入れるだけ受け入れてたじゃないか…」
声に震えが混じる。何とか押さえようとしているのがありありとわかる。
手に触れるシーツを指が白くなるほどに握り締める。
「相手が誰だって、そうだったんだろ?ただ…人肌が欲しかったのは、アンタじゃないか…っ」
「でも…それは、お前も同じだろ?お前だって…」
捲くし立てるように話すルックをフリックは食い止めるように反論するが、続く言葉に息を飲んだ。
「僕は最初から、アンタを選んでる!!」
「…ル…ック……」
衝撃だった。頭が意味を捉えるのに数秒かかるほどに。
その告白はフリックにとって、信じられないもので……

“遊び”だと思っていた。
何も、言わないから…ただ、それが望みなんだと、
ただ、その快楽を得たいだけなんだと
そう思っていたのに。

ぼう…と見つめる、フリックの視線に耐え切れなくなったのか、ルックは俯いた。
そしてそのまま言葉を紡ぐ、今まで言えなかった事が流れ出すように。
「最初から僕は…アンタの元に赴いた。ずっと…求めて、欲しくて…焦がれて…それなのに、アンタは…」
白いシーツを見つめる瞳を閉じて、微かに、囁く。

…アンタはいつも、瞳を閉じるじゃないか…

どうにか耳に届くほどの囁きと共に、ぽつ…と、シーツに零れる、涙の跡。

「…だから…僕は…アンタの名前を呼ぶ事も出来ない…」

頭に響くルックの言葉。

俺は…俺は、いつもどうしていた?
求めてくるのを拒みはしなかった。
でも、自分から求めた事はなかった。
いつも、ルックが来るから。
俺のもとに、
来てくれる…から

思い返して、フリックは震える手で口元を押さえる。

俺を抱く時の、ルックの表情を思い出せない。
そうだ…常に見せる余裕の笑みは、部屋に訪れた直後のもの。
俺はいつも…自分のしている行為から目を背けたくて。
瞳を閉じていたんじゃなかったか?
逃げている、行為を。寂しくて委ねている、そんな自分から…目を閉じていた。
だから知らないんだ。垣間見たあの……表情を。

「……く…」

自分の馬鹿さ加減に、自嘲が漏れる。
フリックはベッドに近づくと、俯いて顔を上げないルックの身体を抱き締めた。
「すまない…」
静かにかける言葉に、びく…と包んだ身体が震える。
「僕は謝って欲しいんじゃ…」
「わかってる…でも、謝りたかった…お前を傷つけていた事は事実だから」
落ち着いた声で言い、優しく背を撫でる。
頭を伏せてルックの耳元に唇を寄せて、キスをする。
そうして、吐息交じりで囁いた。
抱いてくれよ…
ルックは反射的に顔を上げて、驚いた顔でこちらを見上げる。
「本心…?慰めなら…」
「慰めなんかじゃないよ…気づいたから、俺がお前を拒まなかった理由に」
「フリック…?」
照れくさそうに微笑むフリックの真意がわからずに、きょとん…として見つめる。
あぁ…こんな……顔も見せるんだな…
年相応の、あどけない表情。俺は一体…今までこいつの何を見てきたのか。
行為ばかりが先行して、そんな事さえも知らずにいた。
いや…俺が見ようとしなかったんだ。
気づいてしまえば何の事はない。俺も…始まった時から、選んでいたのに…
「お前の目論見は大成功さ。俺は嫉妬したんだよ…」
「――――…」
じぃ…と、見つめる顔を、両手で挟んで頬を優しく撫でる。
静かに染みこむように、微笑んで言葉を続ける。
「あんな表情を見せる相手に…どうしようもなく腹立たしくて苛々して…嫉妬、したんだ。…俺も見たかっただけなんだろうな、お前が委ねるあの表情を…。なぁ…俺にも見せてくれないか?……見た…――」
最後まで言う事無く、ルックの唇が触れて塞ぐ。
強く、強く頭を抱き締めて、深い口付けを交わした。



いつもと同じ行為、ベッドが軽く軋んで…熱い吐息が混ざる。
でも…いつもと違うのは―――
「……っ、……フリ…ック…」
快感の吐息の中に呼ばれる、名前。
切なげに眉を寄せて、俺の中で熱く滾るものを抽挿する。
快楽に流されそうになりながらも、その顔を見ていたくて。
俺はその甘い表情を浮かされた瞳でずっと見上げていた。
荒く呼吸する中に、混じる自分の名前を聞きたかったから。
こんなにも心地良いこの声を俺はどうして聞けなかったんだろう。
呼んでくれる名前が…声が、愛しくて…俺は初めてルックの背を掻き抱いた。
「ル…ック…」
熱い吐息を吐きながら応えて名前を紡ぐ。
何度も、何度も…呼びかけるたびに、俺の中の熱さが大きくなる。
幾度身体を重ねたかわからないというのに
こんなにも、熱く…溶け合ってしまいそうな感覚は無かった。
ルックもきっと同じだろう。身体の奥から…想いが伝わってくるから。



「……当てられ損だよなぁ〜オレってさ?」
「お前だってわかっててやったんだろ?」
次の日、顔を合わせたシーナの開口一番に、軽く頭を小突く。
「まあねー…ほら、オレって優しいじゃん?アンタら見てて、歯痒くって仕方なかったんだよねー」
「だからってなぁ……」
へら、と笑って見上げるシーナにフリックは苦笑する。
「手段を選んで欲しいんだが…」
「選んだよ?だって、どーせならオレも気持ち良くなりたいも〜ん」
「お前…っ」
「ととと、ブレイクブレイク!!オレは企みに乗っただけだぜ?オレに怒られてもね〜」
掴みかかろうとするフリックの手を、身軽に交わしてべ、と舌を出す。
空気を掴んだ手をわきわきしながら、フリックはじと…と睨むが、
へへー…と笑い返すシーナに毒気を抜かれる。
「……ま、俺が悪かった分もあるわけだからな…どうこう言えた立場じゃないか」
「そそ、お門違いってもんだよ〜一役買ったオレにねぎらいを欲しいくらい」
「調子に乗るな」
ぺし、と勢い良くシーナのでこにでこぴんして、俺は階段を上がって外へと出る。

気持ち良い風の吹く屋上、今日は雲一つ無い。
いつものように、景色を見ようと歩いて……
いつもと違う、そこに居る影ににっこりと微笑んだ。
「珍しいな…こんな所に居るなんて」
「……たまには…良いんじゃない?……こういうのも…さ」

さわ…と吹く爽やかな風が、二人の髪を揺らし続けていた……

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<<言い訳と言う名のコメント(爆)>>

シナルク好き様へ申し訳ないものを書いてしまった…;;決してシーナ嫌いじゃないですよむしろ好きです。そして当て馬にしてしまったにも関わらずこれでもシーナは楽しんでると思って書いてます。うちのシーナは拘らない人なんで…そして何故かルクフリ初めて物語になってますが、初めて物語はこれだけじゃありません(笑)超長編になりそうな根底のプロットがあるんですが、まだ書いてなかったり…(爆)書けるかどうかも微妙、だって…ルックの過去がわかっちゃったし…(ははは(渇いた笑い))←この辺のくだりがあったのです(笑)