空を写し取ったかのような、鮮明な青。
遠く視線をやれば、その先は緑と交じり合い表しようも無い深い色を表している。
さざなみの音までは聞こえてこないけれど。
キラキラと反射する水面が揺らいでいる様から、脳裏に錯覚で聞こえてきそうだった。
城は切り立った崖の近くに建てられていた。その周りに広がる海。
城内から海辺へも出れる。当然、城の高い位置からはその姿が一望できた。
ルックは、そんな場所に1人でいた。
屋上、よりもさらに上。
通常ならばフェザーが入るはずの場所に腰掛け、遠く眼下に広がる海を眺めていた。
彼はこの場所が嫌いではなかった。
高く風の強く吹く場所。何より煩い人の気配が感じられない。
時折フェザーと共に居る時もあったが、彼は静かに佇んでいるだけだから気にはならなかった。
また自分も煩いわけじゃ無いから、彼も此処にいる事を許してくれている。
今日は彼のお気に入りのエイダとでも一緒に居るのだろうか。
そんな事を考えながら、口元に微かに笑みが浮かぶ。
柔らかな穏やかな笑み。通常の付き合いをしている人間では見た事もないだろう。
彼はとても上機嫌のようである。
「今日は風が気持ちが良い…」
ルックは屋根から突き出た煙突のようなものにもたれて、心地良い風を感じていた。
不安定なその場所でこれ以上無いほど寛いでいる。
常人が見たら正気の沙汰ではない。
強く吹く風も彼にとっては子守歌のようなもので。
危なげもなく伸びをして、そのまま昼寝でもしようかと欠伸をした時。
自分を呼ぶ声が聞こえた。
ルックはすぐに意識をそちらに向ける。
本当なら邪魔されて、む、…とでもする所なのだろうが。
現れた気配と先からの気分の良さに、彼の機嫌が損なわれる事はなかった。
「何か用?」
ルックは屋上から呼ぶ声に、くるんと体制を変えて向き合わせ上から声をかけた。
言う言葉はいつものもの。表面上、誰に対しても彼の態度は変わらない。
「は?…何だ?何処から聞こえる??」
呼びかけの主は少年の姿が見えないらしく、きょろきょろと辺りを見回した。
その様子を想像したのか、楽しげにくす…と笑いながら
「此処だよ」
と、軽く手を突き出してひらひらするとようやく確認できたらしい。
足音がすぐ近くに歩いて来る。
「何でそんな所に居るんだ、危ないだろう」
屋上の隅から上がれるようになっている、壁についた突起をよじ登って顔を見せる。
上がれるようにはなっているものの、大抵の人はあまりの高さに登る事はないだろう。
そんな場所に座ってのんびりしている彼を見て、フリックは呆れた溜め息をついた。
「危ないわけないでしょ?」
ルックは当たり前のように返答する。それもそのはず、彼は風を自在に操る事が出来るからだ。
たとえ足を滑らせても(まず無いだろうが)空中で停止する事など簡単で。
当然、宙にも浮ける。
「誰もお前の心配なんてしてないさ。探しに来る人間が危ないだろうと言ってるんだ」
憮然としてフリックはそう言って、上にまでは上がって来ようとしない。
さすがに目の前に見える高さと、その場所の不安定さに上がって来れないのだろう。
(屋上は好きなくせにね…)
ルックはそんな様子に、心中で笑う。
「で、何?…何か用なんでしょ?」
思った事は露ほどにも出さず、仕方無いな…と言った様子を全面に出して、ルックは溜め息をつきながらそう言った。
フリックは手が痺れてきたのか腕だけ上によいしょ、と上げて肘をついてこちらを見る。
「あぁ…会議だよ、会議!…ったく、今日ある事は言ってあっただろ?雲隠れするなよなぁ…」
「そうだっけ?……忘れてたな」
全く悪びれずさらりと言うルックに、フリックの拳が握られても仕方あるまい。
「言ってあった。しかも昨夜だ」
声を荒げようとするのを何とか抑えて、言葉を区切るように言い、じろりと見上げる。
そんなフリックへ視線も合わせず、ルックは相変わらず海を見つめていて。
「こら、聞いてるのか?」
「出て欲しい?」
ようやくこちらを向いたと思ったら、にこ…と人の食えない笑みを浮かべてそんな問いで返してくる。
また何を考えているんだか…フリックは、こういう笑みを浮かべるルックを良く良く知っていた。
「欲しい、というか…出るのが当たり前なんだがな」
恐らくは素直に了承はすまい、彼は心の中である種の覚悟を決めながらも取りあえず言い返してみる。
「出ても良いけど、一つ条件がある」
「条件〜〜??」
予想はしていた事だったが、不満げにルックを見上げると、満面に広がる笑み。
「夕食後、あそこに行ってくれる?」
そう言って指差したのは、遠く広がる海だった。
「別に構わないけどな…」
フリックは小さく、ぽつりと呟いて前を歩く少年の背を眺めた。
昼間交わした約束(?)の通りに、フリックはルックと共に海岸にいた。
城から少し離れた場所には砂浜が広がっている。
後ろを振り向くと草むらから覆い茂る樹。
まるで小さな小島を思い浮かべるような、そんな場所を二人は歩いている。
地平線に沈む太陽で、青かった海が赤く照らされている。
夕日の光で赤く顔を染めながら、ルックは何も言わずにただ海を見つめていた。
(今さら、見るほどの事でも無いだろうに…)
今までに海なんて見飽きるほど見ている。何せ拠点となる城があの場所に立っているのだ。
帰城すれば嫌でも目に付く。
それなのに、何が面白いのだろうか…
フリックは溜め息をついて、飽く無く一点に視線を向けるルックの横顔を見た。
「時々、この光景を見る時に思うんだ」
辺りも薄暗くなってきた頃、ようやく口を開いたルックが、それでもまだ視線を向けずにそう言った。
「太陽が地へ飲まれて行く。辺りは血の色に染まって、明るい世界は消え、暗い静寂の闇が広がる。……この世の断末魔を見ているようだと思わない?」
「……お前な…」
やっと話し出したと思ったら…
他に言いようがないのか、と突っ込みたくなり、それを隠して前髪を手でかき上げた。
「太陽の悲鳴でも聞こえてくるか?」
皮肉交じりに苦笑してそう答えると、くるりと振り返って、
……聞こえたら面白いかもね…と、事もあろうにそう言って笑った。
「本音か?」
心中を捉えかねて、怪訝気にその表情をみやる。
「半分は」
短くそう答えると見つめる視線を合わせて、微笑を消す。
一歩、足を踏み出すと、次の瞬間にはフリックの胸へ身体を寄せていた。
ぎゅ…と衣服を掴み、そのまま瞳を閉じる。
「ルック?」
そのまま黙るルックに静かに声をかけてその背を抱き締めてやる。
「後の半分は、アンタが居ると変わるみたいだね」
「?」
手袋を口で外して、ルックの頭を撫でてやりながら首を傾げた。
その雰囲気が伝わったのか、くす…と笑い声が漏れる。
「1人だと、先に言ったようにしか感じられないのは本当だけど」
自分に抱き締められているせいか、くぐもった声で声が続く。少し腕を緩めると、その中から顔を上げて見上げる。
薄暗くてもわかる、綺麗な翠の瞳を見つめ返して、続く言葉を聞く。
「確めてみたかった。アンタと一緒に見ると、どう変わるか…と」
「どうだった…?」
「ふふ…」
答えずに小さく笑って、少し背伸びをして口付けをする。
「優しい、色だったよ…アンタの気配を感じているだけで、ただ…綺麗だった」
「………そうか」
微笑んでそう言うルックに、フリックは小さく安堵の溜め息をつく。
ゆっくりとそのままかかる体重を、フリックは受け止めながら、共に砂浜に座り込んだ。
フリックの鼓動を感じながら、不思議なものだな…と思う。
赤く染まる世界。去って行く光を見ていると焦燥感を覚えずにはいられなくて。
そして徐々に闇に飲み込まれる、自分に…どうしようもなく感じる孤独感。
それが、彼の存在一つで消えて行く。
何も言わずに抱き締めてくれる。
その安心感が近くにあるだけで、赤い光は暖かに包み込まれるように優しかった。
暗い闇すらも安らぎをもたらすものに変わる。
如実に変化する。現実が“ここ”にある事が、ただ嬉しかった。
隠す事が出来ない。一緒に居れるだけで満たされる気持ちを…
それほどに、僕は…
すっかり体重を預けてもたれかかっている身体を、手をついて起こしフリックの首に腕を回した。
それが何を意味するのか、二人は良く知っていた。
ゆっくりと近づく互いの唇が重なり合った時、どちらともなく、身体を倒れこませていた。
「……良いの?いつもは嫌がるくせに…」
深く吐息を絡ませて少しばかり息が上がった頃に、覆い被さるように見つめて問う。
らしくなく、そんな事を確認してくるルックを見上げて微笑して返す。
「どうした?愁傷だな…いつも場所なんて構わないくせに?」
「アンタはいつも場所を構うじゃないか…」
そう言って、二人で顔を見合わせる。暫く見つめた後、くす…と笑い合った。
「変なの…」
「……変だな」
くすくす…と笑いながらフリックはマントの留め金を自ら外す。
シーツ代わりに後ろへ広げ、ルックを抱き寄せた。
「ま…そういう時も、あっていいんじゃないか」
あえて軽くそう言って、行為を促すようにルックの背を撫でる。
暖かい感触を背に感じながら、ルックはフリックの耳元に唇を近づけた。
あぁ、聞いたものの…フリックがこうする事はわかっていた。
それが彼の優しさで、現し方で、その想いに身体中が満たされて行く。
だから、それ以上聞く事もなく耳朶を軽く噛んだ。
自分からも想いを伝えるよう、優しく吐息をかけながら舌を這わせ耳へ愛撫を施す。
返って来る慣れた反応で身じろぐ身体に嬉しくなって、浮かぶ笑み。
もっともっと、この反応を引き出したい。
カチャ…とベルトを外す音が、波の音と混じる。
「…少し、寒いか……」
上着をはだけさせて素肌を曝すと、フリックは潮風に吹かれて身震いする。
粟立った肌を、す…と微妙な手付きで撫でると、違う意味合いで震えた。
「大丈夫でしょ、すぐに…熱くなる」
胸に唇を寄せて吸う。ぴく…と自分の背に回された指先が動く。
いくつもキスをして、色づく部分を今度は舌でなぞる。
「……ふ…、」
控え目に口から出る吐息。徐々に顔を下へ動かして行くと、吐息の漏れる間隔が狭まって行く。
「今日は、いつもより…声出してよね?」
ズボンのチャックを下ろしながら、そんな事を言う彼にフリックは思わず視線を向けた。
僅かに目の端に映る、ちょうどモノを取り出す様を見てしまい慌てて目を閉じた。
「何でだ?外だから、とか言うんじゃないだろう…な…」
咎めるように言いながらも、中心が風に曝され吐息が混じるのを押さえられないようだ。
その様子をほくそ笑みながら見、愛しげにその根元を両手で包んでルックは理由を答える。
「近い、かな?…波の音でアンタの声が聞こえなくなっちゃうから…さ。心掛けてよ」
「ば…っか、そんなもん意識し…て、…っ……」
できるかよ…と、続ける言葉は、すぐさま訪れた湿った感触に飲み込まれ。
先端が唇に含まれると、びく…と足が跳ねる。
ルックは息を飲む声を聞きながら、わざと唾液を擦り付ける音を出しながら口いっぱいに頬張る。
波音が引っ切り無しに響いていると言うのに、そんな音だけはちゃんと耳に届く。
ぴちゃぴちゃと液音ははっきりと聞こえ、それで快感を増すのか口内の欲はどんどん大きくなっていく。
「……く、ぁ……は…、ル…ック……」
口内を窄ませて上下に動かすと、舌に伝わる脈動と熱さ。
喘ぎ混じりに呼ばれれば、自分も煽られるのを確かに感じていた。
どれだけ周りが煩くとも、この声を聞き逃す事はないだろう。
でもあえてああ言ったのは…もっと、もっと…聞きたくて
「……ん、…」
鼻腔から息を漏らしながら、もう十分に固いフリックのモノを手を添えて更に愛撫する。両足の間に顔を埋めて、喉に当たるほどに導いて吸いながら口内を音を立てて抽挿した。
「ア、ア……っ、もう…出ちまう…離せ」
切羽詰った声と、張り詰めたソレの状態で昇り詰めようとしているのがわかった。
もうあと、少しの刺激だっただろう、そこで…ルックは唇を外す。
「……ぅ、ん…っ……な…」
急に快感を逸らされてつい口から出てしまう不満げな声。
ルックは液に濡れた唇を舌で舐めると、フリックのモノの根元を強く握った。
「…っ!?……く、…つ…っ」
痛みに仰け反るフリックを見据えながらもその手を外そうとはしない。
そのまま、ルックはフリックの両足の間に身体を進めると、自分の欲を取り出した。
「1人でなんてイかせないよ…」
欲情した掠れた声で囁くと、すでに固くなっている自分の先端を陰唇に擦り付ける。
じわ…と流れるルックの先走りで入口を濡らし、片方の手をそこへ這わせた。
周りから液を塗りつけて入口を撫でる。そんな動きにも、せき止められた快感は煽られるばかりで…
「…っぅ、ぁあ…!!…駄目、だ…ルック…っ!」
指を入れただけで激しく反応を返す。内に溜まりゆく快感に、その身体を押しのける事も出来ず、フリックは声を高く名を呼ぶしか出来なかった。
「イきたい…?でも、ダメ…僕を待ってよ…ねぇ、…?」
懇願するように喘ぐ声をうっとりと聞きながら、もっと寛げようと指を出し入れすると、ぱんぱんに張り詰めたフリック自身が苦しげにびくつく。
イきたくて、イけない…その苦しさに止めどなく喘ぎと懇願を繰り返し、フリックの瞳から涙が零れ落ちた。
扇情的なその様子を、瞬きも忘れて見つめる。煽られ過ぎて自分ももう、限界に近い。2本の指をかき回して乱暴ではあるが慣らしたソコヘ、固く張った自身を一気に突きたてた。
「…っ…ひ…、っく…っ」
引きつった息がフリックから発せられる。挿入の圧迫に、押さえられてる自身から白濁が僅かに漏れる。
「……は…、凄い…アツ…い」
濡れて絡みつく内部の熱さに、ルックは切なげに眉を寄せた。
極限まで高められている身体の所為か、解したにも関わらず、ざわざわと蠢く内部は狭く締め付けてくる。震える振動も兼ねての気持ち良さに、ルックは甘い吐息を何度も吐き出した。
「……く…っ…」
そのまま貪るように抽挿を始める。フリックの限界もさる事ながら、それに伴う喘ぎと悶える姿態にルックも奥から感じ入っていた。
「……ア…ッ、ぁ…ふ、あぁ…っ…く…ル…ク…っ…!」
「ん、…ぁ…、フリック…あ…ぁ…」
これ以上無い程の快感が押し寄せる。絶え間なく喘ぐ声が、互いの耳に届き更に快感を高めていた。
一心不乱に身体を揺らして単調な前後運動を繰り返し繰り返し、フリックの中へと導いては擦らせた。
昇る感覚が迫って来た時、ルックはようやく戒めを解く。
「……っ、く…フリック…イくよ?一緒に…」
「……!!ア、…ッ…あぁぁっ!ルック…、ル…ック……っ!!」
最後の刺激を自分の動作に合わせて与えながら、ぐい…と身体を密着させて深く内部を抉った。
白く染まる意識。頂点を感じながら、最奥へその熱い欲を迸らせた…
すっかり月が昇って辺りを照らす頃、二人は青いマントに並んで寝転んでいた。
身体はまだ、僅かに熱く火照っていて。海から来る風も涼しいくらいだった。
さすがに衣服は整えてはいるが。
「…いつもより、良く聞こえたくらいだったね」
「誰が出させたんだよ…」
寄り添いながらくすくす笑う彼に、フリックは憮然として呟いた。
さあね…?…吐息で答え、まだ笑う声を止めようとフリックは自分の上に引き寄せて、抱き締めた。
ぐい…と、強く腕を引っ張られ、痛みを咎めるように、どん…と腕の中で胸を叩かれる。
ゆっくりとした時間が過ぎていく。明日もまた、忙しく動くであろう日々も感じさせない。
これもまた必要なものだと、フリックは静かにさざなみの音を聞く。
「……ルック…」
大人しく腕に収まっているルックの髪を梳きながら、呼びかけた。
「何…?」
怪訝気に問われる声。顔を向けるその視線を受け止めながら微笑むと
「もう、夕日は1人で見るなよ」
と、言って頬を撫でて再びその頭を抱きこむ。
暫く後に微かに…うん、…と頷く声を、フリックは確かに聞いていた。
|