pale moon


 

 

「いーや、お前みたいな奴は理論ばっかり先行して実際には空回るタイプだろ」

「面白い……けれど、其の根拠がどこから来るのか、教えてもらいたい物だね」

「有体に言うなら…まぁ、勘みたいな物かな」

「その勘、とやらは外れる事が多そうだけれど」

何気ない一日の何気ない終わりに、何気ない約束を取り付けた。

…今、目の前で喋っている男―ザジ―と。

明日付けでささやかに、…いや、多分他から見れば盛大なのだろうけれど…、婚約披露宴が行われる手筈になっていて。

何気ないわけは無いのだけれど、そう思い込もうとして居る自分に些か辟易しながら「打ち合わせ」と称した話し合い。

婚約と言うのは自分ではなく、自分の妹であるユーリと、其の家庭教師「 だった ( ・・・ ) 」男、ザジとの物で。

「いいや?寧ろこの勘は、今回もストライクゾーンど真ん中だと思ってるんだけどな」

笑いながら乾いた咽を潤すために口に運んだのは、上物そうなワイン。

良い酒と言うのは安い其れ等と違って、アルコールだと思わせない物が多い。

ザジの出してくれたそれもそう云った類の物で……ついつい、気が付いたら話し合いなぞ何処へやら、すっかり許容を超えて良い気分になっている自分を何処かで感じながらも直す気にならないのが酔っ払いの怖い所なのだと、内心…と言うか頭の何処かで管を巻きながら。

アルコールの所為で互いに少々饒舌になりながら、出たのは何時ものザジなら乗ってこないような類のいわゆる下ネタに分類される話。

上手いか下手か…其れが指すのは所謂(いわゆる)夜のオハナシで。

「…尤(もっと)も。ストライクとボークの区別もつかない目では、仕方なさそうだけれど」

クスクスと、アルコールを運ぶ手を休めて何時も通りの皮肉を口にするザジの、けれど其の目は笑っているように見えてつられ笑い返した自分の耳に聞こえたのは、――予想だにしていなかった、一つの提案。

「何なら君自身で、試してみるかい?」

一瞬本気とも冗談とも取りかねて目を見開いた自分自身に気付いて意識を取り戻した、けれど。

「……冗談。しかも冗談まで本人に似て、性質が悪いときてる」

さらり、内心の動揺を悟られまいと肩を竦めて伏せた顔は、ザジの目には如何映っていたのか。

動揺したとて、きっとこの顔の色は朧げな宵闇と、酒が言い訳になって隠してくれる。

そんな事を心の隅で密やかに想いながら、――当たり前のようにそう考える自分にが居ることに、知らず知らずのうちに嘆息が漏れた。

「こんな性質の悪い冗談は幾ら私でも言わないよ、…嗚呼。それとも」

言いかけた言葉を途中で止めて、端正な顔を歪めてクツクツと、彼特有の咽で殺したような音を漏らすと不敵な笑いを浮かべたまま、まるで自分を観察するように送られる視線が妙に居心地が悪くて。

「それとも?…言いかけて止めないでくれよな」

気持ち悪いだろう、肩を竦める仕草をしながらそう付け加えて、空になった瓶を床に置きながら極力目を合わせないようにと。

「否、確認して自分の勘が外れるのが“怖い”のかと思ってね」

「……そっちこそ其の根拠が何処から来るのか、教えてもらいたいもんだな」

演じる、何気ない、やり取り。

「だから」

ギィ、と微かに重量を含んだ音をさせてソファからザジの体が浮く。

「だから?」

オウムのように反芻した言葉に答えない彼の、その代わりに片の手が自分の同じく片手を捕まえる。

其の動作が余りに……そう、まるで「想われて居るような錯覚」を起こさせる位に優しく、優しい。

唯優しい仕草で其れを、彼の頬に添えさせた。

平静に見えた其の顔は想いの他暖かくて、可笑しな位リアルに、「ザジ」が「此処に」「居る」事を鮮明に俺に思い出させた。

……目の前にずっと、居たはずなのに何でそう思ったのかは知らないし、分からないけれど「確かにザジは此処に居る」のだと、頭をぶたれたような鈍い衝撃と発見を何処かで感じながら其の刹那、言葉を失った。

何時の間にか自分の横に来ていた彼に手を預けたまま、傾げたように首を横向けて見せるとまるで其れが合図のように伝わってきた、頬とは又違う、唇。――其の熱。

軽く確かめるように思える動作で口付けられて、俺はまるで何も知らない子どもみたいに目を閉じる事にさえ、全くもって想い当たらなかった。

お互いに目を瞑らない、傍から見れば単調にも思える、その確認動作。

ザジの吐く息を闇の中で感じた、其れもどれも何だか新鮮で、けれど其れ等全てを総括して「危険」だと…警告も耳の奥で聞こえた。

「なっ…――」

僅かに残った理性…いや、若しかしたら此方の方が感情だったのかもしれない。

兎角、此処から先はダメなのだと、何かが訴えているのが分かった。

其れを否定するような動作で今度は荒々しい、眩暈を起こしそうな深さで送られた口付け、其の動作に。

知らず引けた腰を、見越したようにザジの空いていたもう片方の手が、自分の腰に密着させる形で引き寄せるように抱くのが 熱くなって思考に白がかった頭でも辛うじて分かった。

角度や深さを代えながら 彼のざらついた舌が、まるで求めるように自由に咥内を侵犯する。

クラクラ、目の前が霞む、ただ一つ、ほんの小さな箇所から伝わる熱が躯中を侵すように広がっていく感覚と、乾いた空間に聞こえる小さな其の湿った音がいやらしく聞こえてアルコールとは又別で、頬が紅潮するのが分かる。

たかが口付け一つなのに、其れだけの事で躯中の何もかもを暴かれて見られてしまった気がして目を閉じた其処に在るのは、分散された熱にのみ集まった己の、鋭利な感覚。

初めてではないはずの其の行為唯一つ。

相手がザジだと、彼だというだけでこんなにも何も考えられなくなる。

其の生暖かい感覚、巧みなタイミングで追い立てる彼の動作とじんわりと伝わる、下半身の熱と。

どうしよう。

分からないけれど浮かんだ言葉、此れ以上はまずい。

明日はユーリとこの男の婚約を祝う身だと言うのに、そう、可愛い妹の晴れの日なのに。

頭の隅の方に消えない罪悪感を見越すように優しく、今度は送られる啄ばむような口付け。

そして。

危険、危険、危険――

鬱陶しい、まるでヒステリックに。耳鳴りがする、躯が熱い。


「…だから、其れを今から試すんだよ」


まるで俺のココロを読んだみたいに其の考えを打ち消すような前置き。

まるで魔法みたいなその、一言。


「此れはゲームなのだから」


笑う膝を支える腰の手、そこから伝わる熱、目の前に在る男の顔、そして与えられた免罪符。

これらの決して揃う筈の無い奇妙な符号が合致してこの奇妙な現実…そう、此れは現実で。


「そうだろう、……ナッシュ」


耳の後ろに軽い音を立てて唇の熱を落とすと、彼のロウ・テノールが耳元の空気を震わせる。

彼の声が、聞こえて…――どうしよう。

このタイミングで名前を呼ばれてしまった。……あの声で、耳の奥にくすぶる心地好いあの音が自分の名前を呼んでいるのを聞いてしまった。

まるで許しを請うような響さえ含んだ其の一言、…二言、――そして呼ばれた名前。

許しを乞うのはこっちの方なのに、恰(あたか)も上に居るようなそんな錯覚を起こさせてしまう、あの声。

ダメだ、…兎角、このままでは 危険。

許すも何も、とっくに此方の中身はお前に依存していると言うのに。

だからこそ。

其れだからこその、明日は特別な日になるはずだった、これら全てを断ち切るための。

なのに、今のこの現状は、一体何なのだろう。

「……ナッシュ」

再度、呼ばれた自分の名前と何時の間にか頬から着衣を脱がすべく伸びたスラリとした長い綺麗なの動作。

外気に晒されたのとは又別、背筋に悪寒とは違う寒気のような物がゾクゾクと走って広がっているのが分かる。

確認するようにゆるりとした手付きでなぞらえられる、自分の物ではないような感覚の付いてまわる 自分の躯と。

彼の手が動くたびに生み出される、甘い痺れを伴う其の感覚に目を開けれないままに眉を顰めて。

その寒気がもたらしたのとは、反して躯にじんわりと拡散するように。ゆっくり、ゆっくり……生まれる 熱。

脂汗にも似た其の感覚、まどろっこしくて苛々する、焼き切れそうに 感情 ( ) ( ) 回線 ( ) が痛い。

ジリ ジリ…ジリ、と

徐々に何かを壊すように容量を増やす回路の熱、痛み…掛け違えた感覚のボタンに反発するように抜いた力に比例して高くなる、其の熱。

狂う、狂う、狂わせて。

――触れられるだけでこんなにも、もう、可笑しくなりそう。

「…嫌がってくれないと、私も止められないよ」

囁くよう、尋ねるように艶を含んだ声で胸の朱を玩ぶ生々しいザジの熱に一瞬反応が遅れながら聞こえなかった振りをして、其の頭を抱えるように腕を回した。

……半分は一人で立っているには余りにも、笑ったように震える足が頼りなかったと言うのも在るのだけれど。

「確認…させてくれるんじゃなかったのか?」

背を折って縋るように頭に手を回すこの体制で云っても恐らく虚勢以外の何者にも聞こえないであろう台詞、だけれど此れは、あくまでお互いの「好奇心」で、彼の言葉を借りるならば「ゲーム」でなくてはいけなかった。

そして「其れ」以外の何の意味も持たないのだと「 思って ( ・・・ ) いる ( ・・ ) ( ) ( ) 思わせなければ ( ・・・・・・・ ) 」ならなった。

誰に?…そう、お互いに。

次第に下腹部を這うようにして降りる手が、ズボンのファスナーから乾いた金属音を室内に響かせた、其の音だけがまるで他の空間の話のようにも思えて。

「……、其の割には 膝が笑っているようだけれど」

ザジの笑みを含んだ声に反論を加える前に背後のソファに半ば、力の抜けた躯を押し込まれる形で座らされて其の行為云々に対する感想よりも先に思わず、凭れる事の出来るソファの存在に意図せぬ安堵の息が漏れた。

――…のは、ほんの一瞬、で。

「……っ…っ あ」

下腹部を伝って衣服を潜るように滑り降りてきたその手の刺激に殺し損ねた声が、吐息のように外に漏れて同時に咽が、背がピクン、と弓形(ゆみなり)に沿った。

その、耳に届いたオクターブ高い自分の声が一瞬誰の物か分からずに、けれど返した反応に止まる事をしないその手の動きがゆるゆると、性急とは云い難い 焦らすような動きで形を変える其れを扱いて行く。

ねっとりと身に纏わる感覚に惑わされてしまいそうになる頭を、矢張り現実から離さなかったのも耳朶に届く他人の物のような自分の声。

「……男としたことは?」

ふと、当たり前のことを問うような口調のザジに手で口を塞いだまま小刻みに、何度も首を横に振って答えた。

何時もの状態であればもっと…、例えば「そんなわけ無いだろう!!」なんて手の一つでも出る場面なのにそんな余裕さえ無いらしい自分に気付かされたり。そんな事を聞かれることの真意を今一つ掴みあぐねたり。

……これならば未だ、初めて女とした時の方が余裕があったかもしれない。

空回りさえもしなくなった停止した頭にぼんやりと、外の刺激で飽和したのか如何なのか分からないけれど呑気なそんな考えがさえもが浮かんできて。

「余所見が出来るなんて、可也の余裕が在る様だね」

ナッシュ、と。

「余所見なん、か……――っぅ、んんっ」

声にならないような音を含んだ低い声で名前を呼ばれるのと、緩やかな動きのその手が急かすようにユビを絡めてきたのはほぼ同時で、その動作に呆気無いほどに果ててしまった。

其れと関連付くように弓なっていた背がビク、ともう一度大きく逸れたように動くと糸が切れたように眼前の片膝をつく彼の――ザジの、肩口に頭を乗せるように凭れ掛かって居た。

何が起こったのか今一つ把握できない朦朧とした頭の中で(―否、分かっていたけれど認めたくなかった、…が本当は正しいのだけれど―)粟立つような違和感を含んだ熱がざわざわと、恰も耳元で騒いでいるような感覚に襲われた。

「…さぁ、……如何する?君が厭ならば此れ以上は何もしない」

スルリと下半身から離れる際に意地悪い動きで撫で上げられた、一度は熱を放った其れが刺激を受けて再度、じくじくと厭な疼きを訴えるように震えた。

……けれど。

「――分かった。降参、前言撤回……もう充分」

口をついて出たのは想った事とは全く逆の事。

「其れより」

「…其れより?」

「何時まで其れ、くっ付けてる気だ…?」

自分の手に付いた白濁した液体を如何する事もせずにそのままにしている彼の手に、目を開けると厭でも、というか肩口に凭れているとどうしても目線が行くわけで。それが自分の出した物だと思えば尚の事、自然と眉根が寄った。

「…さぁ。服やハンカチで拭くわけにはいかないだろうし」

洗おうにも君は未だ、動きそうに無いし?
―そう、既に元の皮肉混じった彼らしい口調でそう返してくると、其れとは違う方の手で今度はゆっくりと、まるで子どもを宥めるように背を擦ってくれる彼の手は今だけは自分のもので。

そう考える自分の女々しい思考がたまらなく厭で。

「……何か凄く厭な会話だな……」

はぁ…、と。言葉とは違う意味で、だけれど重い息が漏れる。

「確かに、義理のとは云え、義兄さんとするような会話ではないな」

クスクス、何かが可笑しかったらしくそのままの体制で笑う彼の言葉に完全に現実へと切り替わった頭の中からは、先程までのあの、焼き切れんばかりにけたたましく鳴っていたあの警告(シグナル)は何時の間にか消えていた。

――自己嫌悪ともある種の満足を得たとも、云えないような顔で、笑う其の青年の肩越しに見えたのは。

今にも消え入りそうな……朧月だった。


 


 

 

 

ぎょわ〜!!!(><)ノ☆*.★*〜!!(何)まさか本当に裏仕様で書いてくれるとは思わなかったよ!!ありがとう〜っ!!!マジで萌え萌えだってば!!……ううう、言ってみるもんだわ…ホント。嬉しいよう…(*T▽T*)←感動の涙ちょちょ切れ(笑)ザジの昔口調、私の思ってるのとジャストでしたわvvvもー……格好良い……ほわ…(←何か悶えてる(笑))ナッシュも可愛いです……(にへら)ザジの誘惑に落ちるくだりが好きvvvそんな風に口説かれたら溜まらんちゅーに(←爆)ナッシュがザジを好きなのが伝わって来て……ザジ←ナッシュな私はもうトキメキまくりでしたわvvv
本当に良いものをありがとうございました!!!(^^)

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