9:どこまで耐えられる?


ばたばた。ばたばたと屋敷内を騒がしい足音が巡る。
一応走らないようにしているみたいだが。
黒服の男たちはいかにも慌てている早歩きで、上質な絨毯の上を右往左往していた。

聞きつけて部屋から出てきた綱吉は、何事かと通り過ぎようとしていた一人を捕まえる。

「こ、これはボンゴレ10代目」
「あのー…、何か騒がしいようですけど、どうかされたんですか」
「あっ、すみません。煩くして…」
「それは良いんですが。そ、そんなに改まらないで。貴方は確か…」

畏まる、自分よりはるかに年上の黒服の男に慌てて言い、綱吉は見覚えのある顔に首を傾げる。
この人確か…ディーノさんとこの―――…

「私はキャバッローネのグイドと言います。重ね重ね申し訳ない、うちのボス…知りませんか」
「へ?ディーノさん?オレに挨拶しに来てから、出て行きましたよ?」
「そこまではわかってるんですが。それから連絡がつかなくなって」
「えっ、居なくなっちゃったんですか?」

困ったように頭をかく壮年の男を見上げ、綱吉も驚いた顔をする。
ディーノが出て行ってから、30分くらいは過ぎている。
てっきり待機していた部下さん達の元に戻ったと思ってたのに。

「でも彼が何も言わずに、出て行くと思えないんですが」
「そうなんです。だからご迷惑と思いつつ、屋敷内を探させて貰ってるんですが…、騒がしてすみません」
「あ、いえいえ。そんなとんでもない」

恐縮して頭を下げる男に、綱吉は慌てて手を左右に振って、それを制する。
この屋敷内…、いや、今やこの界隈でトップに立つ男は、存外に腰が低い。
なめられるから止めろと言われていても、生来にしみ込んだ体質は変わらないらしい。
それに、その柔らかさに好感を持たれる場合もある。
キャバッローネファミリーはその筆頭で。昔から知っている事もあり、綱吉も彼らには気を許していた。

「でもいくらディーノさんとは言え…この屋敷内で行けるとこは限られてるんだけどなぁ」
「ですよね。電話も繋がらないし…どうしちまったんだろう、ボスーーー…」

心配そうに肩を落とすグイドを見て、悪いと思いつつ綱吉はこっそりと笑う。
やっぱりディーノさんは部下に慕われているなぁ。と微笑ましかったのだ。

「セキュリティ管理室なら人の場所がわかるかな…。探させましょうか…って。あーー!!」
「ど、どうされましたっ、ボンゴレ10代目」
「まっ、まさか…。そう言えば雲雀さんが来てたって朝、聞いたような」
「え?…あ!!恭…っ、――あ、いえいえいえ。雲の守護者殿、が」

馴染みの呼び方をしそうになって慌てて訂正し、男は綱吉と視線を合わせる。
キャバッローネ内でもきっと、ディーノと彼の事は浸透しているのだろう。
綱吉とグイドは、同じような表情をしていて。きっと同じ事を考えている。

「…きっと雲雀さんが連れ出したんだ。すみません…うちの者がご迷惑を…」

厳密に言うと、雲雀はボンゴレの者とも言えないが。
体裁的にはそうなっているため、責任はボンゴレにかかってくるのだろう。
複雑な顔の綱吉に、彼もまた複雑そうな顔になる。

「とんでもないです。彼相手なら仕方がない…」

溜息混じりの言葉に、今までの苦労が窺えて。綱吉は内心で同情する。
やっぱこの人たちも振り回されてるんだー…。

「俺から雲雀さんに電話してみます…」
「た…、助かります…」
「ただ、特別な回線を使うので部屋でしてきます。待合室で待っててください」
「わかりました、よろしくお願いします」

聞き分け良く頭を深く下げ、男は廊下を戻って行く。散っている他の部下さんもこれで落ち着くだろう。
まだ雲雀の所為と決まったわけではないが。綱吉の直感的な部分で確信していた。

(まったく…、人騒がせなんだから!)

内心でぼやきながら部屋に戻った綱吉は、内ポケットから携帯を取り出した。
そして、記憶の片隅にある番号をプッシュする。
あえてメモリーに登録してない緊急回線からかかる番号。ここにかければ取らない事はない。……はず。
ファミリー内の取り決めであっても、無視する時は容赦ない雲雀の性格に一抹の不安を覚えつつ。
綱吉はコール音を数えた。そして7コール目、そろそろダメかと思い始めた時。

『何か用?』

相変わらずの無愛想な声が受話器から聞こえてきたのだ。


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2008.05.01