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雲戦の真っ只中だと思われる時間。
ディーノが門外顧問チームから連絡を受けたのは、ある医療施設の中だった。
応接室で待機中に入った連絡内容に驚き、ディーノは数人の部下を連れて、並盛中へと急いだ。
「大丈夫か、恭弥」
グラウンドで佇んでいた恭弥に、声をかけたのはロマーリオだった。
ディーノは最優先で9代目を医療施設へと連れて行ったため、すでに居ない。
残った部下達は、怪我人を並盛の病院で治療させるように指示されていた。
恭弥も足に深い傷を負っていたため、声をかけたのだが。
当の本人は平然とした顔をしていて、足を引きずりながらロマーリオに背を向ける。
「おーい。治療するなら一緒に来いって。そこらの病院はいろいろ面倒だぜ?」
「必要ない。僕には僕のつてがあるからね、あなた達の世話にはならないよ」
そう言うと、携帯を取り出してどこかに連絡を始めていた。
ロマーリオはその様子を見て、肩を竦める。
(ボスやリボーンさんなら引き止められるかも知れねぇが…)
自分には恭弥の意思を変える事はできないだろう。
聞けば恭弥は、何かしらの裏の繋がりを持っているらしいし、放っておいても大丈夫か。
ロマーリオは早々に切り替えると、他の怪我人のもとへ向かった。
後でボスに何か言われるかもなぁ…と、苦笑しつつ。
その日の深夜。恭弥に一件のメールが入った。
“おきてたら れんらくくれ”
暗い部屋の中で光る携帯の液晶を、じ…と見る。差出人は“From:ディーノ”
何かあるかも知れないからと、無理やり登録していった連絡先。
メールが入るのは初めてだ。寝ている事を危惧しての、電話の前の確認だろうが…
文面に日本語を打とうとした苦労が窺える。
恭弥は小さく吐息をつくと、ピ、ピ、ピ…とボタンを操作する。
一度目の発信音で、回線はすぐに繋がった。
「何時だと思ってるの?」
相手が声を出す前に、不機嫌そうに切り出す一言。
予想通り、少し篭った電話の声が『すまねぇ』と答える。
「メールの音でも目が覚めるんだから、深夜に送らないでくれる?」
『こんな時間なのは悪かったって。それに寝てなかったんだろ?』
声でわかるぜ?と続けるディーノに、恭弥は舌打ちをする。
自分は寝起きでも声の変化は無いはずだが、この男ならそれくらい悟れてしまえそうだ。
「で?何の用なの」
『お前、手配した病院に来なかったんだってな、どこで治療したんだ?』
「どこでもいいでしょ。でも病院には居るんだから、電話は遠慮してよ」
『あぁ、そうだよな。…ってゆーか。だったら電源切っとけよ』
本当は特別に与えられた、電波の影響のない別棟にいるので問題はなかったのだが。
慌てて切ろうとするディーノに「大丈夫な所までわざわざ出てきてやったんだよ」と
恩着せがましく言ってやった。
嘘だとは知らないディーノは、「そっか、悪かったな」と再度謝罪する。
メールの直後にかけたのに、行けるわけがないだろう。
そんな所はうかつに騙される相手を鼻で笑う。
「それだけなら切るよ」
にべもなく言う恭弥に、ディーノは慌てて『待て待て』と引き止めた。
『リボーンから聞いたが、雲戦は圧勝だったって?』
「…それは嫌味なの?」
さらりと言われて、恭弥は思わず顔を顰めた。
赤ん坊から聞いたなら、その戦いを利用された事も知っているはずだ。
低い声で言う恭弥に、ディーノは苦笑して『ちげーよ』と付け足す。
『後の事も知ってるぜ。ただ、雲戦に勝ったのは事実だろ?
その戦いに向けて家庭教師やってたんだから、それを褒めてーんだよ』
「…むかつく」
『そー言うなって。ちゃんと約束は覚えてっから』
ますます不機嫌そうな呟きを、ディーノは苦笑して返した。
すると「約束?」と、怪訝そうに問い返される。
『…んだよ、お前が忘れてどーすんだ。勝ったら報酬くれって言ったのお前だろ』
「…………」
『お前の望み、何でも叶えてやるから、さ…』
そこで一旦、声が止まる。
通常と同じ平然とした声だったのに、ここに来て少し声のトーンが落ちたのは気のせいか。
暫く待っていると静かに、『明日も何かあるだろうから、気をつけろよ』と続けられた。
あぁ…、くだらない。
何を思っているかなんて、すぐわかる。本当に、腹が立つったらない。
あなたが家庭教師をしたくせに。僕の力を一番良く知っているくせに。
そのあなたが、不安を感じているなんて。
「余計な心配は要らないよ」
『…………』
「何があっても、僕は死なないから」
きっぱりと、耳に届けられる強い言葉に、ディーノは電話口で息を飲んだ。
『は…、はは。――んっとに頼もしいな』
渇いた言葉が聞こえ、息をつく相手に呆れたように溜息交じりで続けた。
「…僕を侮らないでよね、家庭教師のあなたが」
『恭弥…』
「それだけなら、切るよ」
『あ、あぁ…そうだな』
「―――また、…明日」
プッ。ツーツーツー…
通話が終了した音が鳴っている。
回線は切れたのにも関わらず、ディーノは暫く、携帯を見つめていた。
最後に、“また、明日”と言ってくれた事に、笑みが浮かぶ。
本人はそんなつもりはないだろうが。
必ず戻ってくると、約束をしてくれたようで、安堵の息を吐いた。
(お前の言う通りだぜ。成長を見てきたオレが、信じてやらねーでどうするんだ)
ディーノは電源を切って携帯をパタンと閉じると、ポケットに入れて待合室を出る。
身近な者たちが生死を彷徨う負傷をして、不安を覚えずに居られなかったが。
揺ぎ無い恭弥の言葉を聞いて、今は大丈夫だと思える自分に、苦笑してしまう。
明日も全員強集だろう、と予想したリボーンの言葉で、まず思い浮かんだのは恭弥の事。
(……ったく。認めるしかねぇよ…)
自分で思っている以上に恭弥の事を気にかけている。
ディーノは、がりがり…と頭をかいて苦笑すると、手術室へ続く廊下を歩いていった。
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