1:声が枯れるまで

もう、どれくらい続いただろう。
辺りは暫く前から暗くなっていて、時間の感覚は失せている。
ずっと途切れる事なく響いていた声が、いつの間にか息だけになっていた。

「…ょー…やっ、…も…、や…め」

ふいに、止まっていた音が搾り出すように細く、下から聞こえてきた。
ぜいぜい、と荒く呼吸をしながら、あなたの何度目かの制止だ。
やっとの事で出された声もはっきり聞こえなくて、僕はぐい…っと身体を進ませた。

「…っ!!……は、……」

期待した嬌声は上がる事はなく、引き攣った吐息が漏れるだけだ。
すっかり枯れた声に、「仕方ないね…」と呟くと、僕は身体を曲げて口付けた。
繋がりが深くなり、びくん…と組み敷いた身体が震えるが構わない。
くちゅり…、湿った舌を差し入れて唾液を絡める。
渇ききった喉へ流された唾液を、舌を絡めながら、ディーノはこく…と飲み込んだ。

「もっと聞きたかったけど、出ないなら仕方ない。そろそろ終わって…あげるよ…」
「……っ…ぁっ!…ぅ、…っん…」

終わらせる為に身体を揺すぶり始めると、少し湿ったせいか、消えていた声が戻った。
再度上がった甘い声に、恭弥は笑みを薄く浮かべた。





『もうちょっと加減してくんねーか』
「してるじゃない?」
「どこが…!…っ!…げほ、っ…げほ、…ぅえ…」

今朝から、すっかり声が掠れきっていたディーノは、筆談で恭弥に抗議をしていた。
それに飄々と答える少年に、喉の痛みも忘れて怒鳴ろうとし、案の定咳き込んでしまう。
恭弥は中央のソファにどっかり座って、駆け寄る事もなく眺めている。
苦しさに薄く涙を滲ませて、悠然としている恭弥を恨めしそうに睨んだ。
『どこが加減してんだ』
書くのも面倒で息だけで喋ったが、通じたらしい。
「してるよ」と、再度答えた恭弥は目を細めてベッドを見る。

「してなかったら、今頃まだ、あの中だろうね」
「……………」

恐ろしい事をさらりと言う恭弥に、ディーノはがっくりと肩を下ろした。
(下になる方の身にもなってくれ…)額を手で覆い、うなだれる。
やるだけのお前と違って、こっちの負担のがでかいんだ、と何回繰り返したらいいのやら。
ホントに、一回味合わせてやろーか…こいつ…。
不穏な事を考えていると、向かいのソファに座っていた気配が近づいていた。

「あなたが盛大に鳴いてくれるから、止めれなかったんだ」
「……!!!!!」

見下ろして言った言葉に、ディーノの頬に、さっと朱がかかる。
がばっ、と顔を上げて睨みつける顔を両手で捕らえ、恭弥は微笑した。

「いい声、堪能させてもらったけど。これからはもう少しだけ、加減してあげる」
「………?」

続けてからかわれるのかと思ったら、恭弥は笑みを潜め、静かに言った。
頬を両手で挟んだまま、じ…っと見つめている。
『恭弥…?』神妙な面持ちに、不思議そうにディーノは呼びかけた。
当然、口が動くだけで声は出ない。それに恭弥の瞳が揺れたような気がしたが。
すぐに仕掛けられたキスに、覗き込む事ができなかった。

「……んっ、……ふ…」

深くエスカレートしていく口付けに、鼻腔から吐息が漏れる。
(ヤバ…、またスイッチ入っちまう…)
一向に離れず、感応を呼ぶように絡めだす舌に、ディーノは慌てて身体を押した。
恭弥は意外にもあっさりと引き下がり、唇が遠ざかる。
気になって再度表情を見ようと思ったのに、ふい…と顔を逸らして離れてしまった。

問いたげに自分を見るディーノの視線は気づいている。
でも、恭弥は答えてやるつもりはない。
そのまま扉に近づくとさすがに止めるような声が聞こえたが、また咳き込みに変わった。
振り返らずに、恭弥はある人物を探して部屋を出る。

ずんずんと廊下を歩きながら、恭弥は晴れない気分に、ため息をついた。

あの時の、あの声。普段聞けない、上ずったあなたの声。
ずっと聞いていたくて、何度も何度も突き動かして。制止なんて聞く気もなかった。
すっかり堪能して上機嫌で目覚めたはずなのに。今の気分は雲がかかったようだ。
原因はわかっている。だから、少しだけ。少しだけ後悔したけど。

(でも、絶対。言ってやらない)

そんな事を思った自分にも腹立たしいのか、恭弥は、ぎゅ…と口を引き結ぶ。
長い廊下を渡り、エレベータの付近で、他の黒服と話している目的の人物を見つけた。
あの人の、第一の部下に足早に近づくと、不思議そうに見る顔に言う。

「喉に良い、薬ってある?」



教えてなんてあげないよ。
普段のあなたの呼ぶ声を、聞けない方が、嫌だなんて。


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2007.10.06

思った以上に、お題部屋のお二人はあま〜くなってしまいそうです(笑)
おかしい…このままだと普通に、愛の言葉を吐きそうだ…(爆)
ラブなCPが好きだから仕方ないかなぁ…(笑)