2:僕だけを見なよ

学校の応接室に、あなたが来た時はまだ、僕の機嫌は良かった。
それを表に出すことはなく、歓迎した様子を見せたわけでもないが。
来訪したあなたを叩き出さないだけ、僕にしてみれば譲歩だと思って欲しい。

それなのに、今の気分と言ったら。
悪くなかった30分くらい前から、一気に急降下していた。

『――――――』

原因は真ん中のソファから聞こえるあなたの言葉。
急にかかってきた携帯電話に「悪い」と、謝罪してから電話に出た。
それは別に良いのだ。マフィアの事は知らないが、あなたの仕事についてとやかく言うつもりはない。
仕事の合間を縫って会いに来ているのだから、それくらいは見逃してやろうというもの。

ただ、電話に応じた最初の数分は日本語だったのに。
途中からあなたの母国語に変わった時、僕は目を細めて、ディーノを睨みつけた。

ソファから離れた、窓の所に居た僕からの視線は気付かない。
何か重要な事なのか、取り出した手帳にメモをしながら話している。

気に入らない。

聞き慣れない言葉を話すあなたに、苛々は募るばかり。
言葉を理解出来ない事に腹が立っているんじゃない。
僕の前で、その言葉に切り替えた事に、ムカ…、としたのだ。

電話に出た時、あなたは一番の部下の名を口にした。
いつも付き従っている黒服の眼鏡の男だ、僕も知っている。
彼ならばそのまま日本語で話しても構わないはずだ。
普段、僕の前ではそうしているのだから。

それなのに、いつしか向こうの言葉が交じり始めて。今ではすっかり日本語は聞こえない。
たぶん、聞かせてはまずい内容だとでも思ったのだろう。
彼の仕事は闇の世界のもの。一般的にヤバイ内容であってもおかしくない。
自分に聞かせてはいけないと思ったから、変えたのだ。

それが気に入らない。
僕を遠ざけようとした、その行為に腹が立つ。

目の前に居るのに、あなたは違う国に居るようだ。
僕の知らない、あなたの世界。
歩いて数歩の距離に居るあなたが、ひどく遠い存在に思える。

(そんなもの…、認めるものか)

恭弥は一向に視線に気付かないディーノに近づくと、横に座る。
さすがに驚いて顔を向けるが、止められないのか言葉は途切れなかった。
手を立てにして頭を少し下げる。「すまん、もう少し」というような、悪びれた表情になる。

あなたの世界に割り込んで、少しだけ気分が良くなる。
でもそんなのじゃ許してあげないから。
僕に会いに来て居ながら、僕をのけ者にした事。後悔するといい。

恭弥は手を伸ばすと、ディーノの太股に指を触れさせた。
固いジーンズの感触に爪を立てて、つ…と滑らせる。
再度手帳に手を伸ばしていたディーノは、ぴく…、と膝を震わせて、僕を見た。
目を見開いた顔から、咎めるような視線になった。
そんなものに構うはずはなく、僕はTシャツの中に手を入れて脇腹を撫でた。

「……っ、恭弥…」

電話とは別の手で恭弥の手を押さえ、思わず小さく静止の言葉を出す。
自分の名を呼んだ事にほくそえむ。ようやく戻ってきた、僕の元に。

『……ボス?』
『あ、いや…何でもない…続けてくれ』

携帯の向こうからかすかにあの人の声が聞こえる。
呼ぶ瞬間、咄嗟に携帯を離していたから、向こうには聞こえていないだろう。
相手に答えている言葉も理解は出来なかったけれど。
あなたの意識がこちらに向いた今、どうでも良かった。

片手では、一方の手しか押さえられない。
僕の左手を掴んだあなたは、肌に触れ始める右手を、どうする事もできない。
携帯を離してしまえば可能になるのだが。
今は相手が話している番なのか、耳からそれを外す事はない。
ただ、今まで聞きながらしていた短い相槌は、今は潜んでいた。
変わりに、肌を撫で回し始めた感触に息が詰まるようになる。

『…っ、あぁ。その件…は…、お前に任せる…』
『任せてくれるのはいいが、話は直接すべきだと思うぜ?―――…ボス?』
『――…え?あ、あぁ…そうだな。なら、席を用意してくれ、オレが会って…、っつ!…』

恭弥を牽制しつつも、話に集中しようとしていたディーノは、突然の痛みに言葉を詰まらせた。
いつの間にか前に伸ばされた手に、自身をぎゅ…っと、握られたのだ。
さすがに話を中断させた相手に、恭弥は笑みを浮かべる。

「…おい…、恭弥…っ、あと少しだから待てって…」

携帯を耳から外し、通話口を手で握って高く離す。こちらの会話を聞かせないためだろう。

「……続ければ良いじゃない?僕に構わなくて良いよ」
「ちょ…、待て…っ」

恭弥の手を押さえていた手は逆に捕らわれていて、下の動きを阻止できない。
ジーンズの上から強く握っていた手は、大きく揉みしだくように動いた。

「……っん…、きょ…や!本当に止めろって!!」

直接な刺激にたまらず、声を抑えるのも忘れて制止すると、携帯を離して恭弥の身体を引き剥がした。
支えを失った携帯は、ソファに鈍い音を立てて落ち、そのまま滑って床に落ちていく。

『ボス?ボス!おーい…大丈夫か?』

携帯からは不審がる部下の声が漏れている。
ディーノが携帯の行方を捜すより早く、恭弥はそれを拾い上げると「後でかけ直すから」とだけ言い放った。

「……ん?――――……あー…、わかった」

携帯先のロマ―リオは、恭弥の不機嫌極まりない声に現状を察したのだろう。
ちゃんと日本語でそう言うと「ボスに一言だけ、いーか?」と聞く。
しぶしぶではあったが、恭弥はディーノに携帯を返した。

「ボス、恭弥んとこ行くなら、先に言っといてくれ。この件は後で報告するぜ」
「……わかった…、悪かったな」
「いーけどよ。……ご愁傷様」
「おま…っ」

くく…、っと笑って言い残したロマ―リオは、ディーノが言い返す前に通話を切った。
終了音がツーツー…と、後に残され、ディーノは、がく…と肩を落とす。

「ようやく、終わったね」
「…あと5分、待ってくれたら終わるとこだったのに」
「―――あなたから会いに来ておいて、30分以上も放っておいたのは誰?」

座ったディーノの前に立ち、顎を掴んで、ぐい…と俯いた顔を上げさせる。
自分も悪かったと思っては居るのだろう。ぎろ…と、睨んだ恭弥に「すまん」と素直に謝罪した。

「……駄目、許さない。気が済むまで付き合ってもらうよ」

そう言って口端をつり上げた恭弥を、ディーノは止める術を思いつかなかった。





「ファミリーの名前とか出してるうちに、イタリア語のが早えなって思っただけだよ。お前に聞かせたくなかったわけじゃなくて…」

「でも、僕はわからない」

「……わかったよ、お前の前で、日本語以外使わない」

「それだけじゃないよ」

「恭弥?」

「僕だけを見れない時に、会いに来たら…殺すよ?」

「……肝に銘じとく…」

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2007.10.08

どの時点だ、とか考えたら書けないので深く考えないようにします…(笑)
くっついた後の二人は、こんな感じかも。甘いな、甘いよな…(笑)
だって両方から矢印が見えるもんな(笑)
しかし、うちのロマさん理解あり過ぎ(笑)そして恭弥にかなり好感持ってます、ね(笑)