6:自己犠牲=自己満足


急に、ぴり…、とした緊張感と共に嫌な予感がしたから。
考えるよりも前にトンファーを構えようとしたら、それよりも先に、あなたに抱き込まれた。
身体ごと引かれた横の空気を、何かが切り裂く。

「ロマーリオ!」

僕を抱き込んだまま腹心の部下の名前を呼ぶと、彼は瞬時に銃を撃つ。
サイレンサーで隠された鈍い音と共に、物陰に潜んでいた男が倒れた。
すぐさま他の部下達が囲んで、何処かへ連れ去って行く。
銃を見せたのは一瞬。音も響いていないため、住民には気づかれていないだろう。

「ボス、怪我は?」
「あぁ…だいじょ…」
「うそつき」

ディーノが答えようとしたのを恭弥は遮り、ぐい、と右手を掴んで持ち上げる。
すると、「いっつ…」と、呻いて顔が顰められた。

「あたったのか!?」
「かすっただけだって、対したことねーよ」

恭弥の行動に思わず苦痛を漏らしてしまい、ロマーリオに凄い剣幕で聞かれるが、ディーノは平然と言ってそれを抑える。

「それでも手当ては要るだろう」
「こっからなら、学校のが近ぇーし、シャマルに診てもらうさ」
「あの男があんたを診るとは思えねぇぜ?」
「ホントに対した事ねーんだ、自分でもできる。お前は戻ってさっきの男の処理を頼む」

食い下がろうとするロマーリオに、ぴしゃりと指示を出してそれを止める。
「お前になら任せられるからな。オレは手当てがてら、恭弥を送って行くぜ」
そう言って笑ってロマーリオの肩を叩いた。

仮にもボスへの襲撃だ、男の処分は慎重に行わなければならない。
ボス以外なら自分が最適なのもわかっていて、それを任すと言われたら、拒否するわけには行かない。
しかもボスのこの顔。普段と同じ穏やかな笑顔に見えて、有無を言わせない何かを感じる。
これで言い出したら聞かない事を知っているロマーリオは、溜息をついた。

「護衛くらい連れてってくれよ、ボス」
「いらねーよ。今までだって必要なかったんだ」
「ボス…」
「いーから。さっさとあいつらのとこに戻れ、指示を待ってるだろうぜ」

そう言って後方へ顎をしゃくるディーノに、ロマーリオは渋い顔をしていたが。
暫くして嘆息すると、「了解」と頷き、待機していた部下達の方へ向かった。
ディーノは背を見送ってから一つ息をついて、恭弥を促して歩き出す。
黙って横に着いて来る彼をちらりと見るが、表情に変化はない。

「お前、口を挟まなかったな」
「…もう、あなたの部下は見えないよ。少しでも上腕を圧迫した方が良いんじゃない」
「―――……ばれてんなら、何でさっき言わなかったんだ?」
「別に。あなたが隠したいならそれで構わないし、関係ないよ」

言い出すのが面倒だっただけ、と続けて恭弥は足を早める。
それを追いながら、ディーノは言われた通り、左手で腕の内側の動脈を圧迫する。
分厚いジャケットのせいで、外からの状態はわからないはずだったが。
服を貫通した銃弾は意外に深く皮膚をこそぎとり、まだ流血して、中の袖に沁みこんでいるのがわかる。
恭弥は怪我の具合を悟っていて、応急処置くらいしろと言ってくれた。
素直じゃない、素っ気無い優しさに、ディーノは表情を緩ませる。

「何、笑ってるの。出血でおかしくなった?」
「いーや、べっつに?…っと、着いたなー」

数分で着いた学校はすでに下校を終えた夕方だったため、学生の姿は見えない。
見咎められずに入れて幸いだ。恭弥が側に居れば、たとえ見つかっても大丈夫だろうが。
前に行った事のある保健室へ向かおうとして、恭弥が立ち止まったのに怪訝そうな視線を向ける。

「何?勝手に行けば良いだろ」
「シャマルが診てくれなかったら、手伝って欲しいんだけど」
「何で僕が」
「お前の好きなもん奢ってやるから、頼むぜ」
「…………高くつくよ」

しぶしぶ言うものの、その言葉は了承のもので。
ディーノは「うーんと、高いもん言えよ」と笑って、保健室へ向かった。





結局、保健室には誰も居ず。手当ては自分でやる事になった。
ジャケットを脱ぐと血の匂いが鼻をついた。長袖シャツの片袖の半分は血に染まっている。
(よく、平然としていられたものだ)
自分だって顔色一つ変えない事は棚に置いて、恭弥は心中で吐息をついた。
しかし、普段のディーノは自分の攻撃が当たれば痛そうにくらいはする。
なのにどうして、さっきは怪我の事すら隠したのだろうか。

「いっててててて、さすがにいてーな」
「……これだけ深ければ当たり前じゃない」

早々に圧迫していたため、動きに支障が出るほどの出血ではないが。抉られた皮膚は決して浅くない。
血を含ませた袖を切り取り消毒すると、ガーゼを何枚も重ね包帯をきつめに巻いて行く。
てきぱきと処置をこなす恭弥を、関心の目で見つめた。

「お前、手当てもできるんだな」
「極力人に触れられたくないからね。自分への手当ての慣れだよ」
「……なるほどな」

恭弥らしい理由に小さく笑うと、包帯を止めて最後に、ばしっ…と叩かれた。
当然「いっでぇー!」と言う叫びが響く。
ふん…と、そっぽを向く恭弥を横目に、ディーノは使い散らした道具を適当に片して。

「ありがとうな、恭弥。助かった」

と、今度は感謝の笑顔を浮かべた。
窓の方へ視線を向けていた恭弥は、ちらりと横目で見るだけで返答はない。
そういう対応に慣れているディーノは、肩を竦めるだけで、咎めはしなかった。

「どうして、怪我の事を隠したの?」

夕日の赤い光が差し込む窓を、じい…っと見つめていた恭弥が、唐突に呟く。
突拍子もないのはいつもの事だから。聞き返す事もなく、ディーノは「んー…」と、苦笑した。

「結構、血が出てるのわかったし。心配するから、あんまり見せたくなかったんだ」
「……馬鹿じゃない?」
「あー…、わかってるさ。でも、あいつらオレが怪我すると過保護になるんだよなー」

困ったように言いつつも、まんざらでもなさそうに微笑するディーノに、恭弥は舌打ちする。
この人も、この人の群れも、甘すぎて反吐が出る。
むかむかする気を抑えて、もう一つの疑問を聞いた。
これの答えを聞いたら、咬み殺そう、とか思いながら。

「それじゃあ、どうして僕を庇ったの」

こちらの質問は、彼にしても意外だったのか、ぱちぱちと瞬きをしていた。
少し考えるようにしてから、ディーノは口を開く。

「あれ…さ。オレを狙ってたんだろうけど、あいつへたくそだったろー?恭弥に当たるかもと思ったら、咄嗟にさ」
「僕は銃弾くらい弾き返せるんだよ。余計なことをしないで」
「そうは言ってもなー、勝手に動いてたし。結果、大事に至ってないし、いーじゃねぇか」
「……腹心にまで隠すような怪我をしておいて」

へら…と、笑って何て事のない風に言う彼に、腹立たしげに睨みつける。
その視線があまりに鋭いものだったから。ディーノは浮かべていた笑みを消して「ごめん」と俯いた。
何となくはぐらかすべきじゃないと思ったから。
でも、思ったとおり恭弥は「別に。何で謝るの?」と、憮然としていたが。

「だって、怒ってるだろ?」
「自分を盾にするやり方に虫唾が走るだけだよ。自己犠牲でも気取ってるつもり?」
「…そんな殊勝なもんじゃねぇよ。自分の所為で、傷ついて欲しくない。勝手にそう思っちまってるだけ」

気まずそうにそう言って、じっと見据える恭弥の視線から逃れるために、ディーノは頭を垂れる。
すると、近づいて来た恭弥が、座って居た彼の顎を掴んで、ぐい…と持ち上げた。
瞠目する瞳にまっすぐに視線を合わせて「馬鹿じゃないの」と冷たく言う。
自分でも思ってる事をはっきり言われ、ディーノの顔が歪んだ。
苦しげに閉じられた唇に、徐に恭弥は顔を近づけ、がり…、と口端に噛み付いた。

「いっつ」

血の味が端から口内に伝わり、じんじんとそこが痛み出す。
痛みへの苦痛の表情に変わった事を確かめてから、掴んでいた顎をさっさと外した。
そのまま部屋を出ていこうとする姿に、ディーノは慌てて立ち上がった。

「そんな自己満足に、僕を巻き込まないでくれる」
「……自己満足…、か」

ぴたりと扉の前で止まって、そう言う恭弥に、ディーノは苦々しく反復する。
確かにその通りだと思う。結局は人がどう思うかなんて考えていない、勝手な自己満足に違いないのだ。
恭弥が苛つくのも無理はない。自分が嫌な事を、逆に恭弥に見せておいて、それで済むなんて。

「……ごめん」

同じ事を自分がされたら…、そう思うと。先と同じように謝罪が口を付いて出た。
もし自分を庇って恭弥が怪我したら、オレは怒るし悲しいだろう。それと同じ事だ。
そう思って溜息をつくと、「勘違いしないで」と、恭弥はぴしゃりと言い放った。

「謝られても鬱陶しいだけだよ。僕は別に何とも思ってない。あなたの身勝手さに苛ついただけだ」
「あぁ…、そうだな。それにつき合わせた事に謝ってんだよ」
「――――今度同じ事をしたら、咬み殺す」

最後の言葉は肩越しに振り向いて、睨みながら低く呟かれた。
その言葉はいつもと同じように、切れるような鋭さを持っていたけど。

踵を返した恭弥が身体を寄せ。
頭を引かれて、近づき重なった唇は、とても暖かかいものだった。

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2007.11.07

途中まで調子が良かったのに、最後の最後でもの凄く難産になった…(笑)
ここにきて、このお題がずいぶん辛かったです。
ちょい、自分的にしっくり来てませんが、これ以上の展開にはならなかった。うむ。
お題と違う事でシリアスになり始めたので…(笑)そちらはいずれ書く事にします(笑)