7:逃げても無駄
廊下の端の角から向こうを覗き、気配のない事に、ほっと胸を撫で下ろす。
長く安堵の息を吐いて顔を戻すと、唐突に腹部に衝撃を受けた。
「んぎゃ!」
「何してんだ、へなちょこ」
小さな足とは言え、勢いをつけた飛び蹴りを食らったため、ディーノはうめいてその場に蹲る。
気を張っていたはずなのに、近づく気配を感じさせないとは、さすがリボーンだ…。
と、腹を抱えつつ、ディーノは顔を上げた。
「いきなり何すんだよ、リボーン」
「不審な事してるからだぞ」
「…確かに不審者っぽいですよ…ディーノさん…」
後方から続いてついてきたツナが、肩を落として呟く。
ディーノは姿勢を起こして「そうかなー」と首を傾げた。
日本の中学校で、金髪の外人がこそこそ隠れるような真似をしていたら、
明らかに不審者だろうと、ツナは溜息をついた。
「いったい何してるんですか」
「ん?ちょっと恭弥から逃げてるとこなんだー」
当然とも言うべき問いに、ディーノはさらりと答えた。
その内容にどう反応して良いやら、ツナは「そ、そうなんですか…」と口元を引きつらせる。
「何したんだお前」
「いやー…、ちょーっと、な」
遠慮のないリボーンがずばりと聞いても、ディーノは気まずそうに誤魔化すだけ。
これは突っ込んで聞かない方が良いと、察知したツナが、慌てて口を挟む。
「もう授業終わったし、こんなとこに居たら目立ちますよ?」
「え、マジで。ヤベー…。どっか隠れれるとこねーかな?」
「え?うーん…、屋上とか人は居ないだろうけど」
「屋上はダメだ。あいつ良く屋上に居るからなー」
問われて考えつつ、ツナは提案するが、あっさりと却下されてしまう。
言われた事実に(屋上へは近づかないようにしよう…)とツナはこっそり思った。
再度首を捻っているツナの横で、リボーンは呆れたように(表情は変わらないが)言う。
「そんなに逃げたかったら帰ったら良いじゃねーか」
「いやー、生憎と夕方にしか向かえに来なくてなー今日は」
明るく笑って頭をかくディーノに、ツナは苦笑するしかない。
「あ、体育用具倉庫とかなら、今日は部活ない日だから隠れれるかも」
「おー。それいーじゃねーか。案内してくれよ、ツナ!」
「え!…オ、オレは今からホームルームが…」
関わりあいになりたくないツナは慌ててそう言って逃れようとするが、
ディーノにがしっと首元を捕まれて引きずられてしまった。
その様子を見守りつつ、リボーンは、
「同盟ファミリーのボスと親交を深めてこい」と無責任に見送った。
*
その後、場所を教えるだけ教えて何とか逃れたツナは、教室に向かうべく廊下を走っていた。
すると。唐突に廊下の角から伸びてきた足に引っ掛けられ、盛大にすっ転ぶ。
「ぎゃ!!な、に…」
すんのー!?と言いかけた言葉が、見上げた姿に行き詰まった。
「廊下は…」
「は、はははい!走りません!!」
ぎろり…と、睨まれた風紀委員長こと、雲雀に。ツナは慌てて文句を謝罪に変えた。
情けないとは思うが、この人には逆らわない。これが並盛中の暗黙のルールなのである。
そして、出来る限り関わらないという付属ルールに従って、こそ…っとその場から離れようとすると。
「……ちょっと待って」
と、静かな声で引き止められた。
ツナは青ざめつつ、ちら…と振り返る。
「な、なんで…しょう?」
「君から、あの人の香りがする」
「あの人?」
「派手な金髪のイタリア人だよ、会ったでしょう?」
そう言われればいくらなんでも誰かはわかる。ツナは、あ…、と表情を歪ませた。
(そーいえばディーノさん、ヒバリさんから逃げてるって…)
思い出して、じー…と見つめられる視線に固まる。
「今、どこに居るか知ってる?」
「ええええ、ああああ…っとさっき、そっちの廊下で会ったけど、今は…」
「ふうん…」
しどろもどろに、何とかそれだけを言うと、目を細めて射竦められた。
すいませんディーノさん、白状してしまうかも知れません。
ツナが心中で両手を組み合わせて謝罪をしていた時、ひょいっと、どこからか小さな影が現れた。
「あいつの居場所、知ってるぞ」
「やあ、赤ん坊。本当かい?」
飄々とそう言ったリボーンに、恭弥の興味は移る。
助かったー…と思いつつ、リボーンの次の提案にツナは、げ。と顔を引きつらせた。
「一つ貸しで、教えてやるぞ。どーだ?」
「……ま、いいでしょ。探す労力が勿体無いからね」
そんな二人に口を出す事ができるわけもなく。
ディーノの安否を祈るしかないツナであった。
*
そんな取り引きが行われている事も知らずに、ディーノは用具倉庫で暇を持て余していた。
最初は珍しそうに跳び箱やらボールやら触っていたのだが。すぐに飽きてしまい。
ぼんやりと跳び箱に寄りかかり、マットに座っていた。
何もやる事がないと、次第に眠くなるもので。
とろとろ…と、まどろみ始め、いつしかすっかり眠り込んでしまっていた。
静かに倉庫の扉が開いたのにも気付かないくらいに。
(のん気なものだね…)
逃げているという緊張感の欠片もない相手に、恭弥は目を細める。
見つかるはずが無いという安心なのか、見つかっても構わないのかはわからないが。
確かに、聞いていなければこの場所は思いつかなかっただろう。
彼にここを選択する思考があると思えなかったからだ。
後ろ手に戸を締めて(ついでに内鍵もかけ)くかー…と眠りこけているディーノに近づいた。
そっと頬に触れても気付かない。その無防備さに呆れつつも、仕返しするなら今だな、と。
恭弥はタトゥーと反対側の首元に唇を寄せて、キスをした。
そのまま、ぢゅ…と、音が鳴るほどに強く吸いつく。
「……っぅ、ん、…い…って…!」
キツく吸われる痛みに、さすがに目を覚まして。
ディーノは、自分に身体を寄せる黒髪の少年を、ぐい…と引き離し、驚きの声を発した。
「きょ…や!?」
太股に乗り見下ろしている恭弥を、引きつった声で呼んだ。
目を瞠っているディーノに、ふん…と、口端をつり上げ唇を舐める。
「この並盛中で、僕から逃げられるとでも思った?」
「……ちぇー、いい隠れ場所だと思ったんだけどなー」
すっかり覚醒した頭で事態を飲み込むと、ディーノは残念そうに言って肩を落とした。
「ここで逃げても無駄だよ、僕のテリトリーだからね」
「覚えとくよ…って、お前…!」
がっくりと項垂れながら、首元に手をやって、ディーノは声を荒げた。
手触りでわかるほどの、その痕跡。さっきの感触からも察するに…
「こんな目立つとこに痕つけやがって…!!」
「何を言ってるの、先にやったのはあなたでしょう」
「オレは少しだけだろー?怒ることないじゃねーか」
首についている痕のある感触をさすりながら、ディーノは口を尖らせる。
恭弥はネクタイをきっちりと締めていて、見る限りはわからないが。
シャツをはだけた首元には薄い痕が付いているはずだ。
応接室で眠っていた恭弥にちょっとした悪戯心でつけただけだったのに。
予想外に怒りに触れたらしく「咬み殺す」とか言って殴りかかってきたから、
1人だったディーノは、逃げるはめになってしまったのだ。
「つけられるの嫌いなんだ。こんどやったら本当に殺すからね」
「なんだよ、お前はいつも付けるくせに」
ぶちぶち文句を言うディーノの口を、恭弥は手の平で抑えて黙らせた。
「ふが」と変な声を上げつつもがくのを喉元に吸い付いて押さえ、再度キツメに吸う。
鮮やかに色づく痕に、満足そうに微笑むと、恭弥はそこに舌を這わせた。
僅かに鼻から抜ける声が聞こえ、塞いだ手の平に吐息がかかる。
「……お前…、また付けたなー…」
「しるし、付けるのは僕だけで良いからね」
「あぁ?オレからはダメだってゆーのかよ」
「ダメだよ。僕はあなたのモノじゃないから。でも、あなたは…」
僕のモノだから、と囁き。赤く散った痕を濃くするように、その上に口付けた。
余りにも理不尽な言いようにディーノはがくり…と肩を落とす。
「……なんつー…勝手な…」
「嫌なら、逃げても良いけど」
そう口にしつつも、恭弥には相手の答えはわかっていた。
ディーノは困ったように苦笑して、「逃げねーよ」と呟く。
予想通りの言葉に、口元に笑みを浮かべて、噛み付くように唇を合わせると。
柔らかく背に回された腕が、ぎゅ…と抱き締めてくる。
「だって、逃げても無駄なんだろ…?」
「良くわかってるじゃない」
口付けの合間に、くす…と笑って言うディーノに、恭弥も答えて、更に深く唇を重ねた。
けれど。どれだけ今、近くに居ても。あなたがそう言っていても。
この綺麗な獲物が、いつの間にかするりと居なくなる事を知っている。
(逃げられないなんて、良く言う…)
包み込まれる腕の中で、小さく溜息をついても、ディーノは気づかない。
(でも、いつか必ず、手に入れる)
どれだけの痕を刻んでも、今は仮にしかならないけど。
いつか必ず、本当に僕から逃げられなくしてみせる。
恭弥は、きゅ…と口を引き結んでから顔を上げると、想いを刻むように、再度、首元に噛み付いた。
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ぜ、前半部分がまったくの蛇足に…!!(爆)しかし、後半の方が5倍くらい時間がかかったという(笑)
何だこれ?な感が否めませんが。もう次のお題にいかせてください(爆)(待って)
このお題、3パターンくらい書いてるんですけど(笑)全くしっくりこなくて困りましたー
だって、二人とも逃げたりしないもん(もん、て)…さ、次のに行こう(爆)