10:鎖と檻と、そしてあなた。
学校が終わり、真っ直ぐ向かった先は自宅ではなかった。
とある高層マンションの一室。制服のポケットから鍵を出し、鍵穴に入れる。
がちゃり…と、押し開いた瞬間に、昨日までとの違いに気づいた。
昨日までそこに居た気配が、なくなっている。
(とうとう…、出て行ったね)
恭弥は全く表情を変えずに、小さく息を吐いた。
玄関への唯一のドアは外から鍵がかかっていたはずだが。
いつの間にか開錠されていて、今は開け放たれている。
そこから足を踏み入れて辺りを見回すが、中の風景は昨日までと変わらない。
ただ、あなたが居ない、それだけを除いて。
部屋の壁に設置されていたソファに歩いて、今までそうして居たように座った。
深く背を沈ませて、目を閉じると。微かにではあったが、馴染んでいた香水が感じられる。
昨夜までは確かに居た、あなたの存在を示すかのように。
どこに行ったかなんて、探すまでもなく所在は知れている。
彼は自分の居場所へ戻って行った。それだけだ。
日数にして何日だったか数えていないから覚えていないが。
数えれない程は居たという事だ。良くもった方だと思う。
彼が…、自分を選んでいた期間。
恭弥は、ソファに身体を横たわらせると、長く息を吐く。
ぼう…っと、半眼で空を見ながら、ここ数日間の事を思い出していた。
閉じ込めていた、という認識は持っていたはずだ。
なのに彼は。それについては触れずに、僕との生活を送り始めた。
本当に普段どおりに。普段どおりの表情で、喋り方で、…笑顔で。
あたかも、共に生活するのが当たり前のように。
もしかすると、探りを入れていたのかも知れない。
けれど、いつしか。あなたが何を考えているかなんて、どうでも良くなった。
どれだけ求めても数日で居なくなるあなたが。
この部屋に戻れば、迎えてくれた。それが、何よりも。
何よりも、何よりも。……嬉しかったから。
それでも。これが何日も続くとは思っていなかった。
実際は自分が思うよりも長かったけど。それでも、いつか居なくなる事はわかっていた。
閉じ込めていたのは確かだが、監禁、というほど、厳しい状況じゃなかったのだ。
確かにドアは外からの鍵しかなく、開かないようにしてあったが。
部屋の中には探せば、開錠に使えるものなんていくらでもあって。
彼なら、開けて出れない事はなかっただろう。
実際に今日。それを証明して、出て行ったのだから。
だから、こうなる事は最初からわかっていた。それなのに。何故…
(こんなに、空虚なんだろう)
どうしようもない喪失感を感じている自分に、自嘲気味に口端を上げた。
こんな風に思うくらいなら。こんな緩い檻ではなく。
いっそ鎖でも付けて、完全に繋いでしまえば―――……
「……それでも、きっと。あなたは居なくなっただろうね」
感情のない静かな声で、ぽつり…と呟いて、恭弥は緩く頭を降って立ち上がる。
(何にせよ、もう。あなたに会う事はないだろうけど)
彼は、もう僕の前には姿を現さないだろう。
こういう手段を取った僕に再び会う事を、立場的に周りが許さない。
そして、その立場を捨てれない、あなただから。
「こうなる事は、わかってた」
恭弥は繰り返し思った事を、言葉にして。瞼を伏せ、部屋を出て行った。
最後に一度だけ、何かを思い出すかのように、振り返って。
そしてその部屋に、再び静寂が訪れた。
*
それから、何ヶ月か。
全く普段と変わらない生活を送っていた恭弥の携帯に、一件のメールが届いた。
まさか。と、目を疑った。
来るはずのない差出人から。
“屋上で”
ただ、一言だけのメール。
まさか。と思いながらも。
僕は、ぎゅ…と、携帯を握り締めた。
そして向かった屋上に。
まさか…と、思っていた。
笑顔が、あったのだ。
「……また、僕の前に現れるとは思わなかった」
「どうして?」
そう問い返した、彼は、…ディーノは。
僕の記憶と寸分違わない、笑みを浮かべていた。
当然のように、そこに居る彼に。僕は何も言えず、ただ突っ立って見つめていた。
暫く動かずに立ち尽くしていると、彼は苦笑して。
屋上のフェンスにもたれていた身体を離して、近づいて来る。
「…なぁ、恭弥。お前には見えないか?これ」
唐突にそう言って上げた右手に、僕は訝しげな視線を送った。
ただ上げただけの手に、眉を寄せて首を傾げると、くす…と、小さく笑って。
彼は僕の手を取り、自分の手首に触れさせた。
「ここに、鎖があるんだ。お前からの、外れない鎖」
だから。と、僕の身体を抱き寄せて、続けた。
「…お前がこれを切らない限り。オレは、お前から…、離れない」
そう言って。抱く力を強めるディーノに、そうか…と、僕は思っていた。
鎖も檻も、もう。あなたには必要のないものだったんだ。
僕と同じように。その、存在に捕らわれているのだから。
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意味のわからない事になってしまった;;;何にしろ、真ん中だけ抜き出した感じになってるので。
書いているうちに、もっと最初からちゃんと書きたいなーと思いました(笑)
ディノさん誘拐事件(笑)ディノさん視点も頭の中であるので。こっそり、本とかに、しよう…かな(小声)