その光景と出くわしたのは偶然だった。
何げなく静かな所を探していたら、そこに行き着いただけだった。
もとからあまり人気がない、手入れの行き届かない城のはずれ。
復興したとはいえまだ完全じゃない城にはこうした所がちらほらある。
先に修繕すべきなのは城内からなので、後回しになるのは仕方ないが…
フリックは転がった板っきれをひょいっと足で蹴り上げ手で受け止めると、邪魔にならなさそうな場所に投げる。
(まだこんな所があったんだな…)
雑踏から切り離されたその一角。まるで人の気配がない所なんて今では珍しいというのに。
……まぁ、しかたないか
未だ放置されている瓦礫や板切れ、たとえ直してもたいした利用価値は無さそうに見える。
人が寄り付かないのも無理はない……こんな場所に好んで来るのは――
「俺くらいなもの…かな」
小さく一人ごちて、最近不精して長く伸びた前髪をくしゃりとかき上げた。
時折……人の流れから一歩引いた場所に行きたくなる時がある。
一人になるとつい考え込んでしまうのにも関わらず、こうした行動を止められない。
(悪い癖がついちまったもんだ……)
口元に苦い笑みを浮かべ、フリックは崩れた井戸らしき石塊に腰を下ろした。
今までならこういった時、真っ先に選んでいたのは城の屋上だった。
風の通りも良く景色が一望できるあの場所はお気に入りの場所の1つだったのだが…最近はあまり行けないでいる。
(……俺が居るって、割れちまってるからな)
フリックは元気良く自分の名を呼び走り寄って来る金の髪の少女を思い出し苦笑した。
自分が居る事を知った場所は取り合えず毎日のように様子を見に来る。
おかげで屋上は安息の場ではなくなってしまった。
暇があると自分の所に来る彼女を避けるように、こうして新しい場所を探しては静かな空気に身を任せていた。
(悪い子では、無いんだが……)
少しばかりの罪悪感にフリックは溜息をついた。
はっきりと断っているのにも関わらず追いかけて来るのだから逃げざるを得ないのだが……
それでも避けている、という行為に後ろめたさを拭い去れない。
(諦めてくれるまでは仕方ないんだがなぁ……)
フリックは、うん…と伸びをすると此処で解決出来る事でもない思考に一旦切りをつけ、辺りを改めて見回した。
僅かにある樹木の影になっている其処は、きらきらと木漏れ日が落ち、気持ち良い涼風が髪を揺らす。
意外に穴場かも知れないな……と、自分の嗜好に適う場所の発見に素直に喜び、心地良さを堪能するべく瞳を閉じた。
しばらく静寂に身をまかせていた・・・その、風が吹くまでは。
外にいるのだから当り前なのに。気持ちの良い涼しい風が吹いただけなのに。
なんら変わった事はない。それでも彼は目を開けると、視線を巡らした。
風が運んだ、小さな気配を追って。
それは本当にかすかなものだったけれど、確かに感じた生きるものの気配。
注意深くあたりを見渡すと、それが気のせいじゃなかった事を知る。
それは、岩壁の影に隠れるように座っていた。
目で捕らえてからでさえも、その存在は希少に感じられた。
それほどにその少年は空気に溶け込んでいたから。
自分が見つけれたのも、足元にいた小さな気配のおかげだろう。
少年の手に撫でられ、気持ち良さげに寝息をたてている子猫の―――
別段おかしな風景じゃない、むしろ微笑ましいくらいの光景だ。
それがその少年でなければ。
(ルック………?)
瞬きを数回繰り返し、その認識が間違いでない事を確かめる。
若草色の上質なローブ、肩でそろえられた柔らかそうな栗色の髪、見覚えのあるその姿はまさしく彼のものだ。
意外だな…フリックは失礼だとわかりつつも、思わずにはいられなかった。
それは普段の少年の動向からはとても想像が出来ない光景だったから。
捻くれた発言と人を小馬鹿にしきった態度。大人びた…何にも興味をしめさないような、風の少年。
思い出せる事と言えばそんな事しかないから、驚きにしかならなかったのだ。
「何、見てるのさ」
唐突に空気が震え、声が届く。
こちらを見もせずに投げられた言葉はいつもと変らず感情の欠けたそれで…
「……なかなか見られない光景だと思ってな…」
少年らしい突き放すような態度に、つい憎まれ口が出る。
いつも、そうだ。子供相手に情けないとは思うが…少年の言動はいちいち癪に障るもので―――
「アンタ…結構失礼だよね」
もっともな切り返しにさすがに失言だと思い
「あ、いや……すまん」
あっさりと非礼を詫びた。元来、素直な性格なので謝罪の言葉もすんなり出てくる。
この少年に対して棘が含まれてしまうのは、相手もそれ相応だからであって。
ルックはフリックの言葉にちらりとこちらを一瞥すると、すぐに視線を伏せた。
相手にしてられないよ……と、言わなくても聞こえてくるようだ。
(よっぽどお前の方が失礼だよな……)
さすがに言葉に出すような事はしなかったが。
言っても無駄な事がわかるくらいには、少年との付き合いも長い。
「お前が飼ってるのか?」
とりあえずそこから去る気のないフリックは、気になっていた子猫の存在を問う。
「……別に、そういう訳じゃ無い」
うざそうに、それでも返事を返してくれた事に気を良くしてフリックは少年との距離を縮めた。
「可愛いな…抱いたら、起きちゃうか」
手を伸ばしかけて思いとどまる。せっかく気持ち良さそうに眠っているのだ…起こすのは忍びない。
「好きにすれば」
次の瞬間、風が動いた。
一瞬の空間の歪みを感じ瞬きをした後には、少年の姿は綺麗に消えていた。
あっという間の出来事で、止める間すらない。
「――相変わらず、勝手な奴だな…」
すでに居ない相手に怒る気も失せて、あきれたように大きな溜息をひとつ。
可哀相なのは急に放り出され、きょとん……としている子猫だった。 |