(全く…なんで俺ばっか使うんだよ、あの正軍師様は……っ!!!)
小脇に大量の資料を抱え心中で愚痴りながら、早歩きで闊歩する青いマント。
知る人ぞ知る、青雷のフリックはいつものように忙しそうだ。
何でこんな使いっぱしり的な仕事を何でわざわざ自分に頼むんだ。
言いがかりにしかならないのかも知れないが、何となく理不尽さを感じてならない。
まあ、そんな事を言ってられる状況でもないのはわかってるから、口には出さないが。
(出したら仕事が倍になるだろうしなぁ……)
どうせ口で勝てるわけでもないなら黙っておくのが身の為だ。
情けない事だが、あの軍司と穏便に付き合っていく為の自分なりの結論だった。
溜息を吐いて疲れた表情で近道の中庭を通り過ぎる。
樹の狭間から零れ落ちる日の光に、急に数日前の出来事が甦った。
(そういえば……あの後どうしたかな、あいつは―――)
さすがに部屋に連れて行くわけにも行かなかったので(多忙な自分では面倒を見きれないから)
後で飼い主を探してやろうと思い、置いて来てしまったが……
目まぐるしく動く日々と、それに伴う忙しさにすっかり忘れてしまっていた。
(後で休憩がてら見に行くか)
そう決めると早々と気持ちを切換え、足早に仕事へと急いだ。
(おかしいな……)
少々遅い昼食の後、例の場所に赴いたフリックはきょろきょろと辺りを見回していた。
そんなに広い場所ではない、すぐに見つかると思ったのだが……子猫の気配すら窺えない。
(まあ……移動しててもおかしくはないか)
何せ相手は猫である。気紛れに他の場所にでも行ったのだろう。
誰かに餌でももらっているかも知れない。
(俺が気にする事もなかったかな)
苦笑を浮かべそこから立ち去ろうと踵を返した時、それが目に入った。
樹の根にもたれるように横たわる子猫の―――
「…………」
しばらくの間、動かないそれを見つめていた。
認識するのに時間がかかったのだ、それがもう息をしていない事を。
そっと手を伸ばし触れてみる。くたりとした身体に何の反応もなく、指先には体温の欠片もない。
確認を終えるとフリックは立ち上がり、それまでの緩慢な動きを振り切るように走り出した。
周囲の目も気にせず城内を駆ける。常にない彼の様子に通り過ぎる人々が振り返る。
ひとしきり探し回り、やっと見つけた目当ての背中に
「ルック……っ!!」
と、まだかなり距離のある所から呼んだ。
ただならぬ剣幕に、何事かと視線が集まっていたが彼は気づいていないようだ。
それでも、聞こえているはずの少年は振り返ろうともしない。
「ルック!!おい!!」
「うるさいな、聞こえてるよ」
後ろから腕を掴まれ、強制的に引きとめられたルックはこの上なく彼らしく、不機嫌な声で返す。
「ならとっとと止まれ!」
頭上から思い切り怒鳴られ、顔を顰めた。不快さを隠そうともしない。
「叫ばなくても聞こえるよ、それから……」
顔を上げ、そこで初めて視線を合わせ
「知ってるよ」
淡々と言った。
「……なんで…?」
その問いが一体何に対するのか、自分でも掴めなかったが……
「さあね」
迷いを含むその声に気づいたのかどうか、少年の答えはそっけなく、含まれる感情も無い。
「まだ…子猫だったのに……」
苦しげに吐き出された言葉は、誰に向けたものだったのか。
ルックは表情を少しも変える事なく、彼をただ見ていた。項垂れる様子にも何の感慨も覚えないのか言葉をかけようともしない。
押し黙ってしまった青年の、今だ腕を掴んでいる手を煩げに振り払うと
「それだけなら僕は行くよ」
いつもの感情のない視線を投げて背を向けた。
「ルッ……っ…」
離れて行く彼に手を伸ばしかけて、声を飲み込む。
引き止めてどうしようっていうんだ?この少年を……
たとえ一時振り返らせて何になるのか…自分勝手な気持ちを押し付ける事も出来ない。
少年の意図は掴めない。走り、探したのは彼が知らないと思ったからで……
事実を受け止めているのにも関わらず態度の変わらない彼の心情などフリックには窺い知る事も出来なかった。
(同じ感情を持つだろうと思うのが、間違いなのかも知れない…)
先走ってしまった自分の行動に微かに溜息を1つ落とすと、踵を返して歩き出した。
「何処に行くのさ……?」
その背に声が掛けられたのは、少なからず驚いたが――
「……放ってきてしまったから…せめて」
肩越しに頭を傾けこれからの行動を匂わせるように言った。
「やめといたら?」
「…どうして?」
「死んだものに何したって意味ないんだよ」
「……っ…そういう言い方、は……っ!――」
突き放す鋭い言葉に思わず身体を反転させた。
なおも言い募ろうと口を開きかけ、息を呑んだ。
其処に見える、氷のような冷たい視線に。
「本当の事だろ?……まあ、アンタが自己満足したいってんなら止めないけどね」
口調は普段どおりの無機質なもの。
しかし其処に何らかの感情が含まれているように思えたのは気のせいか――
ルックはその言葉を吐き捨てると、すぅ…と、その姿を空気に溶け込ませて消えた。
辺りはすでに薄暗い
彼は1人でその亡骸を埋めながら
「意味がない…か……」
抑揚のない声で呟いた……
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