clear eyes

居るべきはずの場所に、居るはずの奴の不在がこんなに違和感を覚えるものだったなんて。

フリックは大広間の真ん中、覇気の無い顔で管理者の居ない石板と睨めっこしていた。
もともと約束を交わしたり、出かける時に誰かに言って行くような奴ではない。
しかし…何となく、此処に来れば逢えるものだと思っていた。
常に此処で見かけていたし、通りかかる時に居なかった時はなかったから。
あいつは、ルックは…いつでも此処に居るものだと、そう、確信にも似た思いがあったのだけれど。

「フリック、何してんの??」

時間にしたらそんなに長い間じゃなかっただろう。
だが、ぼう…っと石版を見つめる姿ははたから見れば異様なもので。
通りがかる者の気を引くには十分すぎたらしい。

「……何、してるんだろうな…」

ナナミと共に広間に続く階段上から、きょとんとした声をかけてきたのは、我らが城主のリオウだった。
自分にも問うように呟いた言葉は、降りて来るリオウには届かなかったようだ。
不思議そうに見つめて、石版にも視線を送る。

「ルックにでも用があるの??…居なくなるのなんてしょっちゅうだし、すぐに帰るとは思うけど」

平然とそう言うリオウに、フリックは石版から目を離し、驚いた様子で顔を向ける。
「しょっちゅう??そんなに良く居なくなるのか?」
「……え?…あぁ、うん…いつも突然、何処か行っちゃうじゃない?」
「でも俺が見る時は、いつもこの場所に立ってるぜ?…石板の管理だけはちゃんとしてるんだな…っていつも…」
「あ――……それは……」
片眉を上げた怪訝そうな顔で言うフリックに、リオウは見上げて言い難そうに口篭る。
続ける言葉を取り合えず飲み込んで、横に顔を向け先に行っていて、とナナミに告げた。

「フリック、気付いてないんだね」
「は??何がだ??」
文句を言いつつも、先に歩いて遠ざかって行くナナミの背を見ながら、リオウは隣のフリックに聞こえるだけの音量で話した。
案の定、返って来る返答にリオウは、はぁぁぁー…とわざとらしいため息をついて腕を組む。
「自分の事になると本当に鈍いんだよねー…フリックって」
「……だから、何がだ…」
確信を濁しての言いように、眉を潜めて、石版にもたれるリオウを睨む。
低い声の物言いにも、けろりとしたもので、上目使いで見上げると
「ルックってさ、フリックが通る時は、大抵居るんだよね?此処に」
先に聞いた言葉を確認するように繰り返す。
戻る話に首を傾げずにはいられず、フリックは腕を組み直して答えた。
「??あぁ、さっきそう言っただろう?」
「………何でだと思う?」
「何でって、だから、石版の管理の為…」
「ちっがー…う!」
同じ事を言おうとするフリックの言葉を遮って身体を起こすと、ずずい、と詰め寄った。
その勢いに少し腰が引けながらも、まだ頭に「?」マークを飛ばしている様子を見とって
「…ホント鈍いんだよねぇ…」
と、若い城主は、しみじみ呟いた。

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場所を変えて、夕食後。
結局「?」マークの回答はなされずに、何故ルックを探しているか…等々、聞かれるうちに、掘り込んだ所まで話す事になってしまい、一旦夕食のために別れ、そしてフリックの部屋へと移動したのだった。
自ら持ち込んだお茶を啜りながら、ある程度の話を聞き終えると、そんな事がねぇ…と、ベッドに座ったリオウは呟く。

言い難い事は省いたとしてもおおまかの事は伝わっただろう、やっと納得顔のリオウを見て、ふう…と、フリックはため息をつく。
やっと一区切りついて、それで…、と切り出した。
「ルックって、本当に良く居なくなるのか?」
「あぁ、そうそう」
フリックからの話し掛けに思い出した、と頷くと、茶菓子に手を伸ばしながら問いに返答する。
「ふらり、と居なくなるよ?まぁ…仲間が増えた時とか、会議に呼ばれてる時なんかは察して帰って来るけど。何処にってのはほとんど誰も知らないだろうなぁ。僕は…予想がつくけどね」
もひもひ、とクッキーを頬張りながら言うリオウに、フリックは少し意外そうに目を見開く。
「何処に居るのかわかるのか?」
「わかるけど、言わないよ」
それじゃあ…と、続けて聞こうとした内容を悟られて、ぴしゃりと止められる。
あまりにきっぱりと、言いきられたものだから、フリックはそれ以上の追求が出来なかった。
はぁー…と、長く息を吐いて、手を付けていなかった湯飲みを取り冷めた茶をすする。
「お前は仲が良いんだな、あいつと…」
すっかり温いお茶に、まず…と顔を顰めながら何気なく言葉を漏らした。
その呟きを耳にして、リオウは…あからさまに呆れた顔になって
「まぁ…まだ、良い方だと思うけど。…ねぇ…」
歯切れ悪く、そう答えた。意味ありげな言い方に、視線を上げると、じぃ…と見つめる真剣な瞳に出くわす。
「フリックさぁ…さっき言ってたよね、自分が通る時は必ず居るって」
自分へ意識を戻した事を確認してから、先ほど聞いた言葉を繰り返した。
「??…あぁ、いつもつまらなそうに石版にもたれてるぜ?」
「それってさ、偶然だと思う?」
「偶然も何も…あそこに居るのが当たり前だと思って…」
「だから、当たり前じゃないんだよ。言ったでしょ?……これ以上ヒント出すと、ルックに怒られるかなぁ…」
「……………まさか」
そこまで言われてさすがに思い当るふしはあるものの、自分へのルックの行為、言動を思い出すと否定する要素しか思い当らない。
考えこみだしたフリックを横目に、残りの茶菓子をちゃっかりと抱えると、リオウは立ち上がった。
「フリックの予想が当ってるかどうかはわからないけど」
頭を抱えるフリックの横をすり抜けて、ドアへ向かうと器用に押し開いて
「それを確めるのは、悪い事じゃないと思うよ。頑張ってね」
軽い調子で言い残して、ばたん…と恐らく足で締めたんであろう、勢い良く音をたてて去って行った。
「……確めるにも、居ないんだからどうしようもないんだが…」
後に残されたフリックは、ぽつり…と呟いてまずいお茶を一口すすった。

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「ある意味で、君の作戦は成功したのかも知れないね」

「……なんの事?」

「とぼけてるの?僕に対してそれは、意味の無い事だと思うんだけど」

「…………嫌な奴。」

「そのままの意味では捕えないけどね」

「…………………」

強い視線にも動じない、にこにこと人の良い笑みのまま答えてくる。
それに毒気を抜かれたのか、睨むのも止めて長く息を吐いた。

「作戦なんて、あるものか…」

仕方がない…と、言った様子で小さく呟く相手に、へぇ…?と上がる声。

「僕はてっきり、君がやっと行動を起こしたのかと思ったけど?」
「……行動は起こした。聞いたんだろうけどね、きっかけがあったから。……でも」

辺りの風景からは、そこが何処なのか判別はつかなかった。
切り立った丘。下には見渡す限り茂る森。
強く吹く風を、揺らぎもせずに受け止めながら、少年は天を仰ぐ。

「……思い通りになんて、一つもならないよ…」

瞳を細めて言う彼を、見つめていたもう1人の少年は、その言葉にきょとん…として

「当たり前だと思うんだけど?」

至極当然、と言った様子で答えた。

「そうやって単純に受け止められるなら、こんな所には居ないんだろうね」
「本当、不器用なんだからなぁ…」
二人とも…と、言う言葉は飲み込んで、うーん、と伸びをしてから立ち上がる。

「……ここ数日、ずっと石板の前でうろうろしてるよ」
帰り支度の最中、主語を抜かしてそう伝える彼に、驚いたように風の中の少年は振り向いた。
「それだけ伝えに来たんだ、じゃあね」
手を振り振り、懐から取り出した何かを煌かせて、去って行く姿を呆然と見送った。

「……ずっと…?」

残された少年の言葉は、激しく吹く風に流されて消えた。

 

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