大きな栗の木の下で

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「……う…ん」
重い瞼を無理やりにこじ開け、俺は身体を起こした。
きょろきょろと辺りを見回す。すでに日は落ちており、窓から注ぐ月明かりのみの室内は薄暗い。
それでも、ここが慣れた自分の部屋でない事はわかった。
ぼー…っと思考を巡らす。
あの後、魔法で移動したんだっけ…?それで――

ルックの言っていた通り、転移魔法は子供の身体には負担がかかるらしく、部屋に戻った俺は疲れきっていた。
今の状況から察するにそのまま眠りこんでしまったらしい。

まぁ…あそこでシュウにバレるのは避けたかったから、ルックの判断に感謝しなければいけないが…
その当人を探して再び辺りを見るが、少年の姿は何処にもない。
所在無く、どうしようか考えていると…ふいに部屋の戸が開く。
ノックもなしに入って来るのは部屋の住人に他ならないだろう。
「……起きたんだね」
ベッドの上でぽけ〜っと座り込んでいる俺を見て、ルックは声をかける。
パタン、とドアを閉め…ベッドサイドの机に歩み寄り何やら置くと、ランプに火を灯した。
薄暗い部屋がオレンジ色の光で照らされた。
「シエラ……今日は何処かに出かけてるみたいだね。城中には居なかったよ」
ベッドのふちに座りながらルックは淡々と呟く。どうやら俺が眠りこけている間、探してくれていたらしい。
あまりに協力的な様子に、俺はまじまじとルックの顔を眺める。
「……何?」
「いや…どうしたんだろうなと思って」
「何が?」
「…………」
正直に言うのは流石に躊躇われ言い淀む。その様子を見てルックはくす…と小さく笑った。
「お腹すいてない?」
「……へ?」
「食事、してないんだから……すいただろ?」
「あ、うん……」
唐突に話題を変えるルックにきょと、としながら頷く。
部屋に戻ってすぐに眠ってしまったし、そもそも飯なんて食ってる場合じゃなかったからな。
不思議なもので、意識すると途端にその欲求が強くなる。正直なお腹がくぅ〜と、小さく鳴った。
あまりのタイミングに恥ずかしい思いをしていると、目の前にトレイが置かれた。
「はい。外に食べに行くのは嫌だろうから持って来たよ」
レストランで作ってもらったのであろう、暖かな湯気を漂わせた夕食が乗せられていた。
ベッドの上なんだけど……まぁ、良いか。
妙に気の効くルックを怪訝に思いながらも、空腹には勝てずに好意に甘える事にした。
はぐはぐと一心に食べているとふと前方からの視線に気づく。
目線だけを向けると…じぃ…と、様子を眺めているルックの瞳が見えた。
口元に浮かんだ笑みが何時もよりも柔らかく思えるのは気のせいか……
何だか無性に落ち着かなくなって、俺はすぐに目を逸らすと食事に専念をした。
「……あ」
「??」
小さく呟くルックに反射的に顔を上げる。すると何時の間にか近づいていたルックの顔が飛び込んで来た。
「…な」
「ついてる」
そう言って俺の口元をペロリと舐める。どうやら食べ物の何かが付いていたらしい。
「………ありがとう…」
俺は気恥ずかしくて赤面しながらも礼を言う。
間近で微笑む綺麗な顔に更に顔が熱くなる思いがした。
何だろう……ルックが常になく優しく感じる。それはやはり、この姿のせいなのだろうか。
実は子供好きだったとか……?
俺は妙な考えをしながら、こんな優しげな彼の表情を見れて少しだけ得をしたかな…と思った。
……すぐにその考えを打ち消す事になるのだが。

 

 

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