その夜、明日に備えてぐっすり眠っていたディーノは、その侵入に気づかなかった。
音もなく扉を開けて真っ暗な部屋に忍び込む。
深く眠り込んで自分に全く気づかないディーノに、恭弥は近づいて見下ろした。
何故だか、一人の時のこの人は、ひどく無防備に見える。
ベッドの端に座って、僅かに身体が沈んでも気づかない。
本当にこんな事で、良く今まで無事だったものだ。
でも恐らく、ここで自分が殺気を満たしたら、即座に反応するだろうとは思ったが。
恭弥はそのまま身体を曲げて、唇を寄せた。
触れる柔らかい感触に小さく身じろぐが、それだけだ。ちろ…と、舌先で舐める。
昨日されたディーノのキスを思い出して、僅かに開いた唇を割り、舌を差し入れた。
「ん……」
鼻腔から吐息が聞こえる。それ以上反応のない相手の舌をつつくと、ぴく…と顎が上向いた。
しやすくなった口付けに、恭弥は覆いかぶさって深く舌を差し入れた。
適当にくちくち動かしていたら、次第に反応が返ってきて、無意識に絡めだしてくる。
ちょっと気持ちいいかもしれない、と恭弥は同じように合わせていた。
「……っん、…は…」
ディーノは夢見心地で、濡れた舌の感触を味わっていた。
気持ち良くてそのまま堪能していたら、次第に息が苦しくなってきた。
「んん…、なん…っ、きょ…や?…お前…また」
さすがに覚醒し始めたディーノは、ようやく侵入者に気づいて、身体を押しのけた。
あっさりと離れた恭弥は悪びれる風もなく、キスの余韻か、ぺろ…と上唇と舐めている。
「はー…、ったく。お前はぁ…」
完全に目が覚め、呆れたようにため息をついて、項垂れる。
唐突に仕掛けられたのはこれで3度目。
いくら適当な相手が近くに居ないからって、なにもオレに仕掛ける事はないだろうに。
それとも、修行に対する仕返しなんだろうか。
「今日は何だ?やっぱり血が騒いでんのか?」
今日の終わりがけの恭弥の様子を思い出して、そう問うと、意外にもあっさりと頷いた。
ベッドに上がって自分に跨り、ちょこんと座っている。
昨夜とは様子が違うな…と、ディーノは感じていた。
じっとこちらを見ている瞳に、何だか困惑しているような雰囲気があるのだ。
訝しげに「恭弥?」と声をかけると、少し瞳を伏せてから、口を開いた。
「ねぇ、教えてよ。あなた家庭教師なんでしょう」
ためらうような言い方が珍しいと思う。
彼の口から『家庭教師』という名が出るのも驚いたが、内容にも目を見張った。
恭弥がオレに問いかけるなんて。
「……何をだ?」
「どうしたら、この疼きが治まる?」
一瞬、冗談を言っているのかと思った。
だが、上目で見る目に揶揄るような色はないように見えた。
表情に変化はないが、本人は至極真面目らしい。
ディーノは片眉を上げ、困ったように首を傾げる。
「教えるも何も…。お前、今までは自分で解消してたんだろ?」
「同じじゃないから聞いてるんだ」
「なに?」
「自分で抑えられない。こんなに持て余すなんて、初めてだよ」
そう言って恭弥は俯いて唇を引き結ぶ。
ぎゅ、と寄せた眉から苛立たっている様子が伺えた。
ディーノはがりがりと頭をかいて(どーしたもんかなぁ…)と、苦笑する。
「お前…、生意気言っててもやっぱ子供だなぁ」
「どうしてそうなるの」
ム、と口をへの字にする仕草がまた拍車をかけているのだが、気づいてないのだろう。
ディーノは小さく笑って、恭弥の頭に手を伸ばした。撫でようとした手は寸前で捕まれる。
子ども扱いに益々剣呑な目つきになり「まぁまぁ」と、ディーノはなだめた。
「戦いの興奮を持ち越しちまうとこも、持て余してsexで解消するってのも、短絡的で衝動的。
ま、欲求がたまる年頃だからしょうがないけどな。大人になると、そーゆうのは我慢できるもんなんだよ」
今にも殴りかかりそうな恭弥の両手を掴んで押さえながら、ディーノは口を挟めないように早口で続けた。
「お前、こんなに鬱憤がたまるのなんて、初めてなんだろ?今まで好きに戦って、ぶっ倒して、
すっきりしてきたんだよな。なのにここ数日で、勝敗もつかないでぐだぐだと戦い続けて――」
「そうだよ、いつも途中で終わらせるあなたが悪い…っ」
思いつくまま話すディーノを無理やり遮って、恭弥は苛立ちも露わに鋭い声で言う。
掴んだ両手に力が入りもがくが、がっちり捕まれていて解けない。
「どちらか倒れるまで、やればいいのに」
「無茶言うな。んな事したら次の日修行できないじゃねーか」
「次の日なんて知らないし、修行なんてのにも興味ないよ…!」
なおも暴れようとする恭弥に、あーもう、めんどくせぇー…と、ディーノは顔を近づけてキスしてやった。
ここでこーゆう事すんのってお約束かなー、とか思いつつ、暴れる子供に刺激を与えれば、
ちっとは大人しくなるかと思ったのだ。
その考えは間違ってなかったようで。目を見開いた恭弥は、力を込めるのを止めた。
深入りはせずに、少しだけ吸って顔を離すと「わかったよ」と苦笑する。
「そこまで言うなら明日はとことんやろーぜ」
「……本当かな」
「あぁ。ロマーリオにも止めるなって言っとく。どこまで続くかわかんねーけどな」
「本気でやってよ」
「もうやってんだろーが?わかるだろ、手加減なんてとっくにしてない事」
「………」
恭弥は、こくん…と頷く。それは間違いじゃない事を知っているからだ。
自分で感じる手応えは、嘘をつかない。
素直に認める様子にディーノは笑みを浮かべ、恭弥の手を離して頭をぽんと撫でた。
今度は避けようとはしない。そのかわりに、ぽつり、と呟く。
「じゃあ、今日はどうしたらいい?」
「……ん?」
「このままじゃ眠れない。だからあなたの所に来てみたんだけど?」
「……………」
ディーノはきょとん…と、言葉を噛み締めた後、はー…とため息をついて項垂れた。
再度(どーしたもんかなぁ…)と、頭をかかえる。
「今からその辺で、適当に誰かをぶっ倒したら、すっきりすると思うか?」
「わからない。でも多分、あなたじゃないと駄目だよ」
苦し紛れに、冗談ともつかない提案をした青年に、恭弥はきっぱり言い放った。
「……なんでだよ?」
「何にしても、全部あなたが現れてからだし、原因はあなたなんだ。
本当はあなたを咬み殺せれば、一番すっきりすると思うんだけど」
「生憎、やられてやるわけにはいかねーんだよなぁ」
静かに言いつつ首に両手を添える恭弥にディーノは苦笑する。
力を込める様子はないから、実行する気はないのだろう。
結局、こんな形で終わっても、意味がない事をわかっているのだ。
「今から勝負してくれても僕は構わないけど」
「冗談じゃねー、こんな時間にやる気になるかっつーの。だいたい誰か起こさなきゃいけねーし…」
「どうして?」
「あ、いや。……、こっちの話だ」
(そう言えば、まだ話してないんだった…)
自分の特異な体質について、恭弥にはまだ悟らせていない事を忘れていた。
勝負の間は没頭してるから常に誰が居ても気にはしてないようだったが。
「はぁ、もうしょうがねーな」
誤魔化しも兼ねて、そう言ってため息をつくと、手を伸ばして恭弥の頬に触れる。
「簡単そうな方法はわかってるんだけどな」と言いながら、触れた指を唇へ動かし、つ…と撫でた。
「……昨日みたいのじゃ、足りないよ」
微妙な触れ方に恭弥も何の事を指しているのか気付いたのだろう。
唇に触れた指を、ぺろ…と、舐めて言う。
「わかってるよ。ちゃんと付き合ってやるって、あんな子供だましで終わらせねーよ」
「…遊びでsexはしないって言ったよね?」
「いいよ、もう。悪ふざけでも悪戯でもないなら。生徒の体調管理も、家庭教師の仕事だろ?」
あえて軽く冗談めかし、肩を竦めるディーノの胸を押して、恭弥はベッドへ押し倒した。
簡単に倒れこむ身体に抵抗の意思はない。どうやら本気のようだ。
「…途中で止めたら、本当に殺すよ」
「とめねーって。…お前の好きにしてみろよ、恭弥。それで解消できるか知らねーけどさ」
「その言葉…忘れないでね」
に…、と笑った恭弥の目が怪しく光る。
ちょっと、早まったかも知れねぇ。と内心冷や汗をかくも、時はすでに遅い。
(なるようになれ…)ディーノは諦めにも似た思いで、覆い被さる恭弥に手を伸ばした。
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